つまでも放っておかれるだろう、などと考えました。そして、それが世にもっとも恐ろしい不幸のように思えたものです。そんな所へみずから好んで住まうとは、そしてたぶんそんな所で死ぬだろうとは、当時夢にも思ってはいませんでした。しかしそう気むずかしいことばかりも言っていられなくなったのです。やはり今でも厭ではありますが、もうそんなことは考えないようにしています。階段を上がってくるときには、眼も耳も鼻も、あらゆる官能をふさいでしまって、自分のうちに潜み込んでしまうんです。それから向こうに、御覧なさい、あの屋根の上に、アカシアの木の枝が見えています。そのほかのものは何にも眼にはいらないように、私はこの隅《すみ》にすわり込みます。夕方、風があの枝を揺するときには、パリーから遠く離れてる気がします。ときおりあの歯形の木の葉がさらさらとそよいでるのを見ると、大きな森が波打ってる景色にもまして、私には楽しく思えます。」
「そうだ、僕の思ったとおりだ、」とクリストフは言った、「君はいつも夢ばかりみてるんですね。しかし悲しいことには、生活の意地悪さと闘《たたか》ってるうちに、他の生活を創造するのに役だつはずの幻想の力は、しだいに磨《す》り減らされてゆくでしょう。」
「それがたいていの人の運命ではないでしょうか。あなた自身でも、憤りや闘いのうちに自分を無駄に費やしてはいませんか。」
「僕のは違う。僕はそのために生まれた人間だ。この腕や手を見たらわかるでしょう。奮闘するのが僕の健全な生活です。しかし君は、十分の力をもっていない。そんなことはよくわかってる。」
 オリヴィエは自分の痩《や》せた拳《こぶし》を悲しげにながめて言った。
「ええ、私は弱いんです。いつもこんなでした。しかししかたありません。生活しなければならないんです。」
「どうして生活してるんです?」
「出稽古《でげいこ》をしています。」
「なんの?」
「なんでもです。ラテン語やギリシャ語や歴史の復習をしてやり、大学入学受験者の準備をしてやり、また市立のある学校で道徳の講義をしています。」
「なんの講義?」
「道徳です。」
「なんて馬鹿なことだろう。君たちの学校じゃ道徳を教えるんですか。」
 オリヴィエは微笑《ほほえ》んだ。
「もちろんです。」
「そして十分間以上も話すだけの種がありますか。」
「一週に十二時間の講義を受け持っています。
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