うとしたが、彼女は承知しなかった)――弟の勉強を母親みたいに監督した。その感じやすい少年の気持を害さないようにいつも注意しながら、学課を暗誦《あんしょう》させ、宿題を読んでやり、調べてやることさえあった。食卓と勉強机とに兼用してるただ一つのテーブルで、二人は晩を過ごした。彼は宿題をし、彼女は縫い物か写し物かをした。彼が寝てしまうと、彼女は彼の服の手入れをしたり、または自分の勉強をした。
 とやかく暮らしてゆくのでさえ非常に困難ではあったが、二人はたがいに心を合わして、貯《たくわ》えることのできる金はまず何よりも、母がポアイエ家から借りてる負債を返すのにあてることとした。それはポアイエ家の人たちがうるさい債権者だからというのではなかった。彼らからは風の便《たよ》りもなかった。彼らはその貸し金をまったく失ったものだと思って、もう念頭においてはいなかった。それだけの金で、不名誉な親戚を厄介《やっかい》払いしたことを、心では喜んでいた。しかし二人の子供の方から言えば、軽蔑《けいべつ》すべきその連中に母親が何かの借りがあることは、自尊心と孝行心との上から苦しかった。二人は不自由を忍び、少しの慰みや服装や食べ物などからわずかなものを節して、借りの二百フランだけになそうとした――それも彼らにとっては大金だった。アントアネットは自分一人だけ不自由を忍ぼうとした。しかし弟は彼女の考えを知ると、ぜひとも同様にせずにはいなかった。彼らは二人ともその仕事に心を尽くして、日に幾スーかを余し得るときはうれしかった。
 倹約を旨としてわずかずつ貯えながら、彼らは三年間に所要の金額に達することができた。非常な喜びだった……。アントアネットはある晩ポアイエ家へ行った。彼女は無愛想に迎えられた。援助を求めに来たと思われたのだった。彼らは機先を制するのが得策だと考えて、少しも便りをしなかったこと、母親の死を知らせもしなかったこと、用のあるときにしか顔を出さないこと、などを冷やかに彼女へ責めた。彼女はそれをさえぎって、迷惑をかけるつもりで来たのではないと言った。借りた金をもって来たまでのことだと言った。そしてテーブルの上に二枚の紙幣を置きながら、返済証を求めた。彼らはすぐに態度を変え、そして受け取りたくないふうを装った。数年たってから、もはや当てにしていない金を返しに来る債務者にたいして、債権者がにわかに
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