だけ、姉の思い出に一人でふけった。二人いっしょに暮らした住居を保存し得ないのが、彼にはつらかった。彼は金をもたなかった。自分に同情を寄せてくれるらしい人たちから、姉の所有品を取り留め得ない悲しみを悟ってもらいたかった。しかしだれも悟ってくれそうになかった。で彼は多少の金を、半ばは借り半ばは個人教授で手に入れて、それで屋根裏の室を一つ借り、姉の寝台やテーブルや肱掛椅子《ひじかけいす》など、取り留め得られるだけの器具をすべてつめ込んだ。彼はそれを追懐の聖殿だとした。意気|沮喪《そそう》したおりにはそこに逃げ込んだ。友人らは彼に婦人関係でもあると思っていた。彼はそこで幾時間も、額《ひたい》を両手に埋めて姉のことを夢想した。不幸にも彼女の肖像は一枚もなかった。ただ、子供のとき二人いっしょに写った小さな写真きりだった。彼は彼女に話しかけ、涙を流した……。彼女はどこにいるのか? もしそれがこの世のどこかであったなら、いかなる場所であろうとも、どんなに行きにくい場所であろうとも――せめて一歩ごとに近づけさえしたら、たとい跣足《はだし》で幾世紀間歩かせられようと、幾多の艱難《かんなん》をも忍んで、いかなる喜びと不撓《ふとう》の熱心とをもって、彼女を捜しに突進したことであろう!……そうだ、彼女のところへ行き得る機会が、たとい万に一つでもありさえしたら!……しかし何もなかった……彼女に会えるなんらの方法もなかった……。なんたる寂寥《せきりょう》ぞ! 自分を愛し助言し慰めてくれる彼女がいなくなった今では、彼は頓馬《とんま》でお坊っちゃんのまま人生に投げ出されたのだった……。親愛な心の限りない完全な親和を、ただ一度でも知るの幸福を得た者は、もっとも聖なる喜びを――その後一生の間不幸だと感ずるような喜びを――知ったものと言うべきである。
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楽しかりし時を悲惨のうちにて思い出すほど、世に大なる苦痛はあらず……。
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弱いやさしい心の人にとってのもっともつらい不幸は、一度もっとも大なる幸福を味わってきたということである。
しかしながら、生涯の初めのころに愛する者を失うのは、いかにも悲しいことのように思われるけれども、あとになって生命の泉が涸《か》れつくしたときにおけるほど、恐ろしいものではない。オリヴィエは若かった。そして、生来の悲観性にもかか
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