を起こさせられる下等な学校仲間とその情婦ら以外に、ほとんど知人がなかった。それで育ちのいい愛嬌《あいきょう》のある快活な同年配の男女の中に交ることは、彼にとって非常な愉快だった。彼はきわめて粗野ではあったけれど、無邪気な好奇心をもち、感傷的な清い逸楽的な心をそなえていた。女の眼の中に輝くちらちらした燐光《りんこう》的な炎に、たやすくとらわれてしまう心だった。彼自身もその内気さにかかわらず人の気に入ることができた。愛し愛されたいという純真な欲求のために、知らず知らず若々しい美しさが出て来、情のこもった言葉や身振りや慇懃《いんぎん》さなどを見出し得た。そのやり方が無器用なだけにかえって人の心をひいた。彼は同情の天分に富んでいた。孤独のうちにごく皮肉になってる彼の知力は、人の凡俗さや欠点を見てとって、しばしばそれに嫌気《いやけ》を起こしはしたけれど、人と顔を合わして立つときには、彼はもはや相手の眼をしか見なかった。その眼の中には、他日死ぬべき人、彼と同じく一つの生命しかもっていない人、そして彼と同じくその生命をやがて失うべき人、そういう人の姿が表われていた。すると彼はその人にたいして、知らず知らずの愛情を感じた。どんなことがあっても、その瞬間に相手へ苦しみを与えたくなかった。心からでもあるいは心ならずにでもとにかく、親切にしてやらずにはいられなかった。彼は弱かった。したがって彼は、あらゆる悪徳やあらゆる美徳を――すべての他の美徳の条件たる力という一つを除いては――ことごとく許す社交界の人々の気に入るように、初めからできていたのである。
アントアネットはその若い仲間に交らなかった。その健康と疲労とただなぜとも知れぬ心の屈託とのために、少しものびのびとした気持になれなかった。身と魂とをすりへらす配慮と勤労との長い年月のうちに、弟と彼女との役割が変わってしまっていた。彼女はもう今では、世間から遠ざかり万事から遠ざかり、しかも非常に遠ざかった気がしていた。……もうふたたびそこへもどることはできなかった。それらの談話、騒ぎ、笑い、他愛ない楽しみ、などはすべて彼女を退屈させ、疲らして、気分を害するほどだった。彼女はそういう自分の状態が苦しかった。他の若い娘たちといっしょになり、皆が面白がるものを面白がり、皆が笑うものを笑いたかった……。が彼女にはもうできなかった!……彼女は胸迫る思
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