ることができなかった。ちょうど回復期と同じだった。二人の間には気まずい隔てができた。彼女の愛情は前に劣らず強かった。しかし彼女は弟の魂のうちに、今や自分と縁遠いしかも恐ろしいあるものを、見てとったのだった。
オリヴィエの心の中に瞥見《べっけん》したものから、彼女がことに狼狽《ろうばい》させられた訳は、ちょうどそのころ彼女は、ある男子連の追求を苦しんでいたからである。日の暮れ方家にもどってくるとき、またことに、筆耕の仕事を取りに行ったり持って行ったりするため、夕食後出かけなければならないようなとき、男から近寄られたりついて来られたり、いやなことを聞かされたりするのが、彼女には堪えがたい苦痛だった。弟を連れて行けるときはいつも、散歩させるという口実で連れ出した。しかし弟は快く同行しなかったし、彼女も無理に強《し》いることはできなかった。彼女は彼の勉強を邪魔したくなかった。が彼女の純潔な田舎《いなか》風の魂は、パリーのそうした風習になじむことができなかった。彼女から見れば、パリーの夜は暗い森であって、きたない獣から追い回される心地がした。自分の住居から出るのが恐ろしかった。それでも出かけなければならなかった。出かけようと決心するにはかなり時間がかかった。そのためにいつも苦労していた。そしてかわいいオリヴィエも、自分を追っかける男どもの一人と同じように、いつかなるだろう――もうおそらくなってるかもしれない――と考えるとき、家に帰って挨拶《あいさつ》をしながら彼に手を差し出すのが、彼女には心苦しかった。彼のほうでは彼女が自分にたいしてどういう考えをもってるか想像もしてはいなかった……。
彼女は大してきれいではなかったが、きわめて魅力に富んでいて、少しもつとめないのに人目をひいた。ごく質素な服装をし、たいていいつも喪服をまとい、背もそう高くなく、細そりしてひ弱な様子で、ほとんど口もきかず、人込みの中をこっそり歩いて、人の注意を避けていたが、その疲れたやさしい眼や清い小さな口のごくしとやかな表情で、やはり人の注意をひいていた。人から好かれてるとみずから気づくこともときどきあった。そしては当惑した――がやはりうれしくもあった……。他の魂の同情ある接触を感ずると、その穏やかな魂のうちにも、言い知れぬやさしいつつましい浮かれ心が、知らず知らずはいってくるのだった。それがへまなちょ
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