音楽的国民だった。彼らはいつも、ドイツの衰微を言明していた。――クリストフはそのために気分を害しはしなかった。彼はその批判を正当だとみずから認めていたので、本気で抗弁することができなかった。しかしフランスの音楽が最上だという説には、かなり驚かされた。実際のところ、過去にそういう形勢はどうも認めがたかった。それでもフランスの音楽家らは、自分らの芸術が遠い昔においてはすてきなものであったと肯定していた。それにまた彼らは、フランスの音楽をさらに光栄あらしむるために、まず前世紀のあらゆるフランスの光栄ある楽匠をあざけった。ただ一人のごくりっぱな純潔な大家だけは例外としていた――がそれもベルギー人だったのである。そういう非難をしてから、彼らはいっそう気兼ねなしに、古代の大家を賞揚したのである。それらの大家は皆世に忘られてしまってる人々で、中には今日までまったく名を知られてない者もあった。フランス大革命から新世界が開けたのだとする、フランスの通俗派とまったく反対に、これらの音楽家らは、フランス大革命を一つの大山脈だと見なして、音楽の黄金時代を、芸術のエルドラードを、振り返ってながめるためには、それをよじ登らなければならないとした。そして長い暗黒のあとに、黄金時代はふたたび来かかってるそうだった。堅い壁はくずれかけている。音響の魔法使が、驚嘆すべき春をよみがえらせかけている。音楽の老木は、ふたたび柔らかな若葉に覆《おお》われようとしている。和声《ハーモニー》の花壇には、無数の花が新しい曙《あけぼの》ににこやかな眼を開きかけている。銀の音《ね》の泉の響きが、小川のさわやかな歌が、聞こえ始めている……。一つの田園詩だった。
 クリストフは非常に喜んだ。しかしパリー諸劇場の広告をながめると、マイエルベール、グノー、マスネー、および彼が知りすぎるほど知ってるマスカーニやレオンカヴァロ、などの名前がいつも出ていた。そういう不貞節な音楽が、娘たちの喜びそうなものが、造り花が、香水の店が、約束のアルミデスの園なのかと、クリストフは友人らに尋ねた。すると彼らは、気を悪くした様子で抗言した。彼らの言うところによれば、そういうものは瀕死《ひんし》時代の最後の名残《なご》りだった。もうだれもそんなものを顧みる者はなかった。――実際ではカヴァレリア[#「カヴァレリア」に傍点]・ルスチカナ[#「ルスチカナ」に傍点]がオペラ・コミック座に君臨してい、パリアッチ[#「パリアッチ」に傍点]がオペラ座に君臨していた。マスネーとグノーとがいちばん多くもてはやされていた。音楽上の三体神ともいうべき、ミニョン[#「ミニョン」に傍点]とユグノー教徒[#「ユグノー教徒」に傍点]とファウスト[#「ファウスト」に傍点]が、一千回の公演を景気よく越していた。――しかしそういうのはなんら重きをなさない出来事だった。眼中におくに足りないことだった。一つの不都合な事実が理論の邪魔になる時には、最も簡単な方法は、その事実を否定することである。フランスの批評家らは、右のような厚かましい作品を否定し、それを喝采《かっさい》する公衆を否定していた。も少しおだてられたら、音楽劇全体を否定するかもしれなかった。彼らに言わすれば、音楽劇は文学の一種であって、それゆえに不純なものであった。(彼らは皆文学者だったから、文学者たることを皆きらってるのだった。)表現的で叙述的で暗示的なあらゆる音楽、一言にして言えば、何かを言わんとするあらゆる音楽は、不純の名を冠せられていた。――各フランス人のうちには、ロベスピエールのごとき性質がある。だれかをまたは何かを純粋にせんがためには、いつもその首を切らざるを得なくなる。――フランスの大批評家らは純粋な音楽をしか容認しないで、その他は衆愚の手に任していた。
 クリストフは自分の趣味がいかに劣ってるかを考えて、非常に心細い気がした。しかし多少慰められたことには、劇を軽蔑《けいべつ》してるそれらの音楽家らが皆、劇のために書いてることだった。歌劇《オペラ》を書かない者は一人もなかった。――しかしそれもまたたぶん、なんら重きをなさない事柄に違いなかった。彼らを批判するには、彼らが希望してるとおりに、彼らの純粋なる音楽によってしなければならなかった。クリストフは彼らの純粋な音楽を捜した。

 テオフィル・グージャールは、国民的芸術に奉仕してるある協会の音楽会に、クリストフを連れていった。そこでは新しい光栄が、徐々に形造られ育《はぐく》まれていた。それは大きな団体であって、幾つもの礼拝堂をもってる小教会であった。各礼拝堂にはその聖者があり、各聖者にはそれぞれ信仰者があって、この信仰者らは好んで隣りの礼拝堂の聖者を悪口していた。それらの聖者らのうちに、クリストフは初め大した差異をおかなかっ
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