だった。そして彼の反抗の目的は、生命だった、来たるべき幾世紀間にわたる豊饒《ほうじょう》な巨大な生命だった。ところがこれらの人々にあっては、すべてが無益な享楽のみに向かっていた。無益、無益。それが謎《なぞ》を解く鍵《かぎ》であった。思想と官能との不妊的な放蕩《ほうとう》。機才と技巧とに富んだはなやかな芸術――確かに美しくはある形式、外国の影響を受けてもなお巍然《ぎぜん》とそびえてる美の伝統――芝居としての一つの芝居、文体としての一つの文体、おのれの業《わざ》をよく知ってる作者、書くことを知ってる著作者、かつて強健であった芸術の、思想の、かなり美しい骸骨《がいこつ》。が要するに骸骨だった。音色のよい言葉、響きのよい文句、空虚の中でぶつかり合う諸観念の金属性な軋《きし》り、機知と戯れ、肉感の纏綿《てんめん》してる頭脳、理屈っぽい感覚。すべてそれらのものは、なんの役にもたっていなかった、利己的な享楽以外にはなんの役にもたっていなかった。死へ向かいつつあった。全ヨーロッパがひそかに観察し――喜んで――いる、フランスの恐るべき人口減少と類似の現象だった。多くの才と知力とが、多くの精練された官能が、一種の恥ずべき自涜《じとく》行為のうちに消費されていた。彼らはそのことに少しも気づかなかった。彼らは笑っていた。しかしその一事こそ、クリストフを安心さしたことだった。彼らもなおよく笑うことを知っていたのだ。すべてが失われたのではなかった。彼らが真面目《まじめ》な顔をしたがる時には、彼は彼らをあまり愛せられなかった。芸術のうちに快楽の道具をしか求めていないような著作家らが、無私無欲な宗教の牧師らしいふりを装《よそお》うのを見るくらい、彼の気色を害するものはなかった。
「われわれは芸術家だ。」とシルヴァン・コーンは満足げにくり返していた。「われわれは芸術のために芸術をこしらえてるんだ。芸術は常に純潔である。芸術の中にあるものは清浄なものばかりである。何事にも面白がる漫遊者として、われわれは人生を探究してるんだ。われわれは珍しい悦楽の愛好者であり、美を慕う永遠のドン・ファンである。」
「君らは偽善者だ。」とついにクリストフは用捨なく答え返した。「あえて言うのを許してくれ。僕は今まで、僕の国だけが偽善者の国だと思っていた。ドイツ人は偽善者であって、常におのれの利益を追求しながらいつも理想を口にしてるし、利己的なことばかり考えながら理想主義者だと自信している。しかし君らはさらにひどい。芸術と美と(大袈裟《おおげさ》に祭り上げた芸術と美と)の名のもとに、国民的|淫佚《いんいつ》を覆《おお》い隠している――しかも一方には、真理だの科学だの知的義務などの名のもとに、道徳的ピラト主義を押し隠しもしないくせに。君らの真理や科学や知的義務などは、そのいかめしい探究の可能的結果については、口をぬぐって関せず焉《えん》としている。芸術のための芸術だって!……なるほどりっぱな信念だ。しかしそれは強者のみの信念だ。芸術! それは鷲《わし》が餌食《えじき》をつかむように、人生をつかみ取り、それを空中に運び去り、それとともに清朗な空間に上昇することだ。……そのためには、爪《つめ》と大きな翼と力強い心とが必要だ。しかし君らは小雀《こすずめ》にすぎない。一片の腐肉を見出すと、即座にそれをつっついて、ちゅうちゅう鳴きながら争っている……、芸術のための芸術だって!……災なるかなだ。芸術というものは、いかなる賤《いや》しい風来人にも渡される賤しい餌《えさ》ではない。確かに一つの享楽であり、最も人を陶酔させる享楽ではある。しかしながら、激しい闘《たたか》いによってのみ得られる享楽であり、力の勝利を冠する月桂樹《げっけいじゅ》である。芸術とは、征服せられたる人生なのだ。人生の帝王なのだ。シーザーになりたくば、シーザーの魂をもたなければならない。君らは芝居の上の王様にすぎない。君らはただ役割だけを演じている。役割を信じてさえもいない。そして、自分の畸形《きけい》を誇る役者のように、君らは君らの畸形で文学を作っている。自国民のあらゆる病気、努力の恐れ、快楽の嗜好《しこう》、肉感的な観念、空想的な人道主義、意志を快く麻痺《まひ》させて、あらゆる活動の理由を奪い去るもの、そういうものを大事に育て上げている。阿片《あへん》喫煙所へばかり案内したがっている。そして君らはよく知っていながら、決して口には言わない、最後には死が控えていることを。――そこで僕が言ってやろう、死が存在するところには芸術は存在しないと。芸術、それは人を生きさせるものだ。しかし君らの著作者は、最も正直な者でさえも、いかにも卑怯《ひきょう》で、蔽眼布《めかくし》が眼から落ちた時でさえ、見えないふうを装《よそお》っている。彼らは厚かまし
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