然の力が感ぜられることはかつてなかった。彼らはすべてを世間風になした、恋愛も苦悶《くもん》も死をも。また音楽におけると同じように――フランスにおいてはまだ年若い比較的|素朴《そぼく》な芸術である音楽におけるよりも、さらにはなはだしく――彼らは「すでに言われたこと」にたいして恐怖をいだいていた。最も天分に富んだ詩人らは、逆の道を取ろうと冷静に努めていた。その方法は簡単だった。伝説か童謡かを選んで、それらに本来の意味と正反対なことを語らした。かくて、青髭《あおひげ》はその妻たちから打たれ、ポリフェモスはみずから善意をもって眼をえぐって、アシスとガラテアとの幸福のために身を犠牲にした。すべてそれらのもののうちには、形式以外にはなんらの真面目《まじめ》さもなかった。クリストフ(彼はよく理解してない批判者であったろうけれど)の眼から見れば、それら形式の大家らは、おのれの文体を創造して縦横に描写する大作家というよりも、むしろ小作家であり模造大家であるように思われた。
彼らの勇武劇の中には、詩的虚偽がこの上もなく横柄《おうへい》に現われていた。彼らは英雄というものについて、滑稽《こっけい》な観念をいだいていた。
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壮大なる魂、鷲《わし》の眼差《まなざし》、
前廊の如く広く高き額《ひたい》、
魅力ある輝かしき剛壮なる風貌《ふうぼう》、
戦《おのの》きに満てる心、夢に満てる眼、
そを持つこそ肝要なれ。
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かかる詩句が真面目《まじめ》に受け取られていた。大袈裟《おおげさ》な言葉や羽根飾り、ブリキの剣と厚紙の兜《かぶと》とをつけた芝居がかりの空威張《からいば》り、そういう扮装《ふんそう》の下にはいつも、操《あやつ》り人形のギニョル式に歴史をもてあそんでる無謀なヴォードヴィル作者サルドゥー流の、救済しがたい軽薄さが見て取られるのであった。シラノのごとき虚妄《きょもう》な勇武に相当するものが、現実にあり得るだろうか。しかもこの詩人らは、驚天動地の業《わざ》を演じていた。皇帝とその軍団、神聖同盟の軍勢、文芸復興期の傭兵《ようへい》など、宇宙を荒した人類の旋風をことごとく、その墳墓から引き出していた――それも、残虐な軍隊と囚《とら》われの婦女らに取り囲まれ、殺戮《さつりく》のさなかにあっても平然として、十年か十五年か前に見た一婦人にたいする、空想的な馬鹿げた恋で身を焦がしてるある傀儡《かいらい》を、示さんがためであった――あるいは、恋人に愛されないからといって、わざわざ死地に身をさらしてる国王アンリー四世を、示さんがためであった。
かくてその薄野呂《うすのろ》な人々は、国王や英雄らの室内劇をやっていた。キロス大王[#「キロス大王」に傍点]の時代の有名な馬鹿者ども、理想的なガスコン人ども――スキュデリーやラ・カルプルネード――のふさわしい後裔《こうえい》であり、真の英雄主義の敵たる、あり得べからざる虚偽の英雄主義の謳歌《おうか》者であった……。フランスは慧敏《けいびん》だと自称してるくせに、滑稽《こっけい》にたいしては少しも感じがないということを、クリストフは見て取って驚いた。
何よりもいけないのは、宗教が流行してる時だった。当時、四旬節祭の間、俳優らがゲーテ座で、オルガンの伴奏につれて、ボシュエの説教を読んでいた。イスラエル式の作者らが、イスラエル式の女優のために、聖テレザに関する悲劇を書いていた。ボディニエール座では十字架への途[#「十字架への途」に傍点]が演ぜられ、アンビギュ座では幼きキリスト[#「幼きキリスト」に傍点]が、ポルト・サン・マルタン座では御受難[#「御受難」に傍点]が、オデオン座ではイエス[#「イエス」に傍点]が、動植物園ではキリストに関する管絃楽の組曲が、それぞれ演ぜられていた。ある華々《はなばな》しい話し手が、豊艶《ほうえん》な恋愛の詩人が、シャートレー座で贖罪[#「贖罪」に傍点]について講演をしていた。もとより、これらの俗人らが福音書中で最もよく頭に留めてるのは、ピラトとマグダラのマリアとであった――「真理とはなんぞや[#「真理とはなんぞや」に傍点]?」と狂気の処女とであった。――そして広場を彷徨《ほうこう》する彼らのキリストは恐ろしく饒舌《じょうぜつ》で、世間的良心批判のごく機微な点にまで通じていた。
クリストフは言った。
「これはいちばんひどい。虚偽の化身《けしん》だ。僕は息がつけなくなる。出て行こう。」
それでも、偉大な古典芸術が存在していた。現代ローマの気障《きざ》な建築物中における、古代殿堂の廃址《はいし》のように、それは近代の工芸品の中にそびえ立っていた。しかしクリストフは、モリエールを除いては、それを鑑賞し得るまでになっていなかった。彼には言葉の深い意味がわ
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