楽を知ってるのだ。グージャールはすぐに必要な知識を得てしまった。その方法は簡単だった。音楽会で、あるいい音楽家かまたできるなら作曲家の隣りにすわって、演奏作品にたいする意見を吐かせることだった。そういう見習いを数か月やると、もうその方面のことに明るくなるのだった。鵞鳥《がちょう》の雛《ひな》でも飛べるようになるのだった。実際グージャールは鷲《わし》なんかではなかった。彼がその新聞にいかめしく書いた批評の馬鹿さ加減は、知る人ぞ知る! 彼はでたらめに聞いたり読んだりし、自分の鈍重な頭の中ですべてを混乱させ、そして他人に傲然《ごうぜん》と教訓を与えていた。洒落《しゃれ》まじりのいやに学者ぶった気障《きざ》な文章だった。彼は学生監みたいな心をもっていた。時とすると、ごくまれに無惨な反駁《はんばく》を招くこともあった。そういう場合には、知らない顔をして答弁すまいと用心した。彼は愚かな偽君子であるとともにまた粗笨《そほん》な人物であって、時の事情によってあるいは傲慢《ごうまん》になりあるいは穏和になった。公の地位か栄誉か(それによってのみ彼は音楽上の価値を確実に認定したがっていた)をもってさえおれば、そういう大家連中にはしきりに腰を低くしていた。その他の者にたいしては軽蔑《けいべつ》的な態度を取り、また食うに困ってる者を利用していた――それは馬鹿なやり方ではなかった。
 彼は権威を得また名声を博したにもかかわらず、内心では、少しも音楽に通じていないことを知っていた。そしてクリストフが音楽にきわめて理解深いことを認めた。用心して口へは出さなかったが一種の威圧を感じた。そして今、クリストフの演奏に耳を傾けた。余念なくじっと注意を凝らしてるようなふうで理解しようとつとめた。そしてこの音楽の霧の中に何物をも見て取ることができなかったけれども、じっとしてるのを苦しがってるシルヴァン・コーンの瞬《またた》きに応じて、賞賛の様子を示しながら、もっともらしくうなずいていた。
 ついにクリストフは、酒と音楽との陶酔から次第に覚《さ》めてきて、背後に行なわれてる無言の所作をぼんやり感づいた。ふり向いて見ると、二人の愛好家が立っていた。二人はすぐに彼へ駆け寄って、力強く握手をした。――シルヴァン・コーンは、彼が神のように演奏したと甲高《かんだか》に叫び、グージャールは学者ぶった様子で、彼がルビンシュ
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