椅子《いす》をかざして対抗していた。クリストフはフランス人がなお何かを信じてることに気づいた――何をであるかはまだわからなかった。人の説明によれば、一世紀間の共同生活の後に国家は教会と分離したのであって、教会が快く別れ去ることを欲しなかったので、法と力とをそなえた強い国家は、教会を駆逐してるのであった。クリストフはそれを適宜なやり方だとは思わなかった。しかし彼は、パリーの芸術家らの無政府的享楽主義に弱らされていたので、いかにつまらない主旨にせよ、それに熱中せんとする人々に出会うと、ある喜びを感ぜざるを得なかった。
 彼はやがて、そういう人物がフランスにはたくさんいることを認めた。政治新聞はホメロスの英雄らのようにたがいに戦っていた。内乱を煽動《せんどう》する記事を毎日掲げていた。実を言えば、それもただ言葉の上のことだけで、実際の腕力|沙汰《ざた》になることはめったになかった。けれども、他人が書いてる道徳を実地に行なうような率直な者も、いないではなかった。すると、不思議な光景が見られるのであった。フランスから分離したつもりでいる地方、脱走した連隊、焼かれた県庁、憲兵隊の先頭に立って馬に乗ってる収税吏、自由思想家らが自由の名においてこわそうとしてる教会堂を保護せんため、釜《かま》に湯を煮たて手に鎌《かま》をもってる農夫、アルコール地方にたいして反抗した葡萄《ぶどう》酒地方へ話しかけるため、木の上に登っている民衆の贖主《あがないぬし》。ここかしこに無数の群集がいて、拳固《げんこ》を差し出し、怒鳴って真赤《まっか》になっていたが、しまいには本気でなぐり合うのだった。共和政府は民衆に媚《こ》びていた。そして次には、民衆を薙《な》ぎ払わせていた。民衆の方でもまた、民衆の赤子――将校や兵卒――の頭をたたき割っていた。かくてそれぞれ、自分の主旨と拳固《げんこ》とのりっぱなことを、他人に証明してみせていた。そういうありさまを遠くから新聞を通じてながめると、数世紀も逆転したがように思われるのだった。フランスは――この懐疑的なフランスは――熱狂的な民衆であるということを、クリストフは発見した。しかしいかなる意味において熱狂的だかは、知ることができなかった。宗教に味方してかあるいは反対してか? 理性に味方してかあるいは反対してか? 祖国に味方してかあるいは反対してか?――彼らはそれらすべて
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