が出会うあらゆる魂は、彼女にとっては器《うつわ》のようなもので、彼女は好奇心からまた必要から、すぐにその形をみずから取るのであった。存在せんがためには、いつも他の人となる必要があった。彼女の性格と言えば、一つの性格者でないということであった。彼女はしばしば自分の器を取り換えていた。
 クリストフは彼女をひきつけていた。それには多くの理由があったが、その第一のものは、彼が彼女からひきつけられていないということだった。なお他の理由としては、彼女の知ってるあらゆる青年と彼が異なってるからでもあった。こんな形のこんな粗暴な容器に、彼女はまだかつて順応しようとしたことがなかった。また最後の理由としては、彼女は容器や人々の正確な価値を一見して評価するのに、民族的な巧慧《こうけい》さをそなえていたから、クリストフには優雅な点はないが、骨董《こっとう》品的なパリー人の示すことのできない堅実さをもっているということを、完全に見て取ったからであった。
 彼女は現代の暇な若い娘の大多数と同じ調子で、音楽をやっていた。盛んにやるとともにほとんどやっていなかった。言い換えれば、常に音楽をやりながらほとんど何にも知らなかった。仕事がないために、様子ぶるために、楽しみのために、終日ピアノをたたきちらしていた。あるいは自転車をでも取扱うようなふうにやることもあった。あるいは趣味と魂とをこめてごくうまくひくこともあった。――(彼女は一つの魂をもってるとも言えるほどだった。しかしそれには、一つの魂をもってるだれかの地位に身を置けば十分なのであった)――彼女はクリストフを知る前には、マスネー、グリーグ、トーマ、などを好むこともできた。しかしクリストフを知ってからは、そういう人々をもう好まないこともできた。そして今ではバッハやベートーヴェンをごく正しくひいていた――(実を言えばそれは大したことでない)――しかしいいことには、彼女は彼らを好んでいた。が結局は、彼女が好んでいたものは、ベートーヴェンでもトーマでもバッハでもグリーグでもなかった。それは、音符をであり、音響をであり、鍵盤《けんばん》の上を走る自分の指をであり、神経の弦を刺激する弦の震えをであり、快感をそそるそのくすぐりをであった。
 貴族的な邸宅の客間の中は、やや色|褪《あ》せた壁布で飾られていて、室のまん中の画架の上には、強健なストゥヴァン夫人
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