ので、いつも様子ぶったもので、舌たるい言葉で書かれ、香水店の匂《にお》いのする言葉で、気のぬけた温かい甘い異臭のある言葉で書かれていた。その匂いが文学全体の中にこもっていた。クリストフはゲーテと同じように考えた。「婦人には思うまま詩や小説を作らせて構わない。しかし男子は女のようなことを書いてはいけない。そういうことをする男子こそ、俺《おれ》は嫌《きら》いだ。」その中途半端な愛嬌《あいきょう》振り、そのいかがわしい仇《あだ》っぽさ、最もつまらない人物のために好んで費やされるその感傷風、気取りと粗暴とでこね上げられたその文体、それらの野卑な心理学者を、彼は嫌悪《けんお》の情なしには見ることができなかった。
 しかしクリストフは、自分にはよく判断できないことを知っていた。彼は言葉の市場から来る喧騒《けんそう》に耳を聾《ろう》していた。笛の美しい節《ふし》は喧騒の中に消え失《う》せて、聞き取ることができなかった。というのは、快楽を主としたそれらの作品の間にも、底の方に、アッチカのなだらかな丘陵の線が清澄な空に微笑《ほほえ》んでいないでもなかった。――多くの才能と優美、生の楽しみ、文体の美しさ、または、ペルジノや若いラファエルの手に成った、半ば眼を閉じて恋の夢想に微笑んでいる憂わしげな青年にも似寄った思想。しかしクリストフにはそれが少しも見えなかった。精神の諸流を、何物も彼に示してはくれなかった。フランス人自身でも、それを知るのは困難であったろう。そして、彼が確かに見て取り得た唯一のことは、著作の過多という一事だった。あたかも社会的災難とも言えるほどだった。男も女も将校も俳優も紳士も囚人も、すべての者が筆を執ってるかのようだった。まったく一つの流行病だった。
 クリストフは意見をたてるのを一時断念した。シルヴァン・コーンのような案内者についていると、まったく道に迷ってしまうかもしれないような気がした。ドイツにおいてある文学会から得た経験にてらしてみると、どうも自信がもてなかった。書物や雑誌にたいして疑惑があった。それらは多くの閑人《ひまじん》どもの意見だけを代表してるものでないかどうか、あるいはただ作者だけの一人よがりでないかどうか、それがわからなかった。芝居の方がずっと正確に、社会の実情を伝えてくれるのだった。芝居はパリーの日常生活中に、法外な場所を占めていた。それは放縦《
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