た経験をもってるらしかった。彼女は素朴《そぼく》であるとともにまた悟ってるらしく、敬虔《けいけん》であるとともにまた非空想的らしかった。この土地の機宜も温情もない家庭にはいっては、幸福でなかった。――どうして彼女がこの地を去ったかを、ラインハルト夫人はよく知っていなかった。人の噂《うわさ》によると不品行をしたそうだった。アンゲリカはそれを少しも信じなかった。それはこの愚かな邪悪な町にふさわしい忌むべき中傷であると、堅く信じ切っていた。しかしいろんな話はあった。だがそんな話なんかはどうでもいいではないか。
「そうですとも。」と首たれてクリストフは言った。
「でもとうとう行ってしまいました。」
「そしてたつ時になんと言いましたか。」
「ああ、その機会がありませんでしたの。」とリーリ・ラインハルトは言った。「ちょうど私はケルンへ二日間行っていました、帰って来ると、……もう遅い!……」と彼女は言葉を途切らしながら、お茶へ入れるシトロンをあまり遅くもって来た女中にあてつけた。
そして、生粋《きっすい》のドイツ人らが家常茶飯事にまで示す生来の厳格さをもって、彼女は厳《いか》めしく言い添えた。
「
前へ
次へ
全527ページ中306ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング