下稽古のおりにであった。ある日一つの場面を聞いていると、それが非常に馬鹿げたものに感ぜられて、役者たちのせいでそうなったのだと思った。そして、詩人の眼前でその場面を役者たちに説明しようとしたばかりでなく、役者たちを弁護してる詩人にまで説明してきかせようとした。作者たる詩人はそれに抗弁して、自分が何を書いたかは自分で知ってるつもりだと、気を悪くした調子で言った。クリストフはそれでも前言を翻さないで、ヘルムートは何にもわかっていないんだと言い張った。ところが、皆がくすくす笑ってるので、初めて自分の滑稽《こっけい》なことに気づいた。要するにそれらの詩句を書いたのは自分ではないということを認めて、口をつぐんでしまった。その時彼は、作品がたまらなくばかばかしいものであることを知った。そして失望落胆した。どうして自分が見間違ったかを怪しんだ。彼はみずから馬鹿者と呼び、髪の毛をかきむしった。「お前には何にもわからないんだ、お前の仕事じゃないんだ、お前は自分の音楽にだけ頭を向ければいいんだ、」と彼は自分自身に向かってくり返しながら、心を落ち着けようとしたが無駄《むだ》だった。――児戯に類した点や、わざとらしい感激や、言葉身振り態度の仰々《ぎょうぎょう》しい虚偽などに、彼はいかにも恥ずかしい気がして、管絃楽を指揮しながらも時々、指揮棒を振り上げる力がなくなるほどだった。黒ん坊の穴へ身を隠したいほどだった。彼はあまりに率直であまりに策略がなかったので、自分の考えを隠し得なかった。友人らも役者らも作者も、皆彼の考えを見て取った。ヘルムートは苦笑を浮かべて彼に言った。
「これは君の気に入らないようですね。」
クリストフは正直に答えた。
「ほんとうのところを言えば、気に入らないんです。僕には意味がわかりません。」
「では作曲するのにも読まなかったんですか。」
「読みました。」とクリストフは無邪気に言った。「しかし僕は思い違いしていたんです。他のことを考えていたんです。」
「ではその考えを自分で書くとよかったんです。」
「ほんとに、僕が書くことができるんだったら!」とクリストフは言った。
詩人はむっとして、腹癒《はらい》せに音楽を批評した。邪魔な音楽で詩句を聞かせる妨げになると不平を並べた。
詩人は音楽家を理解しなかったし、音楽家は詩人を理解しなかったが、役者らの方でもまた音楽家をも詩人をも理解せず、かつそれを少しも気にかけてはいなかった。彼らは自分の持ち役の中であちらこちらに、いつもの効果を与えるような文句をばかり捜していた。朗吟法を調性と音楽的|律動《リズム》とに一致させることなどは、問題ではなかった。あたかもたえず調子はずれの歌い方をしてるがようだった。クリストフは歯ぎしりをして、一生懸命に音符を叫んでやった。が彼らは彼を叫ぶままにさしておいて、彼が自分たちに何を求めてるかさえ理解しないで、平然とやりつづけた。
もし下稽古があまり進んでいなかったら、そして紛擾《ふんじょう》の起こる恐れで制せられていなかったら、クリストフはすべてを放《ほう》り出したかもしれなかった。彼はマンハイムに落胆してることをうち明けると、マンハイムは彼を笑った。
「どうしてだい?」とマンハイムは尋ねた。「万事うまくいってるじゃないか。君たちはたがいに理解していないんだって? へえ、それがなんだい。作者以外に作品が理解された例《ためし》などあるもんか。自分で自分の作品を理解するだけでも、十分幸運じゃないか。」
クリストフは詩のばかばかしさを苦しんでいた。詩のために自分の音楽が毒されると言った。マンハイムも、その詩には常識が欠けてることや、ヘルムートが「頓馬《とんま》」であることは、容易に認めていた。しかし彼はヘルムートにたいしてなんらの不安もいだいてはいなかった。ヘルムートは御馳走《ごちそう》をふるまっていたし、きれいな女をもっていた。批評界にとってはそれだけで十分じゃないか。――クリストフは肩をそびやかして、冗談を聞く暇はないと言った。
「なに冗談なもんか。」とマンハイムは笑いながら言った。「世間の奴らはおめでたいもんだ。人生において何がたいせつか、そんなことは少しも考えていないんだ。」
そして彼は、ヘルムートのことをそんなに気にしないで、自分のことだけを考えるがいいとクリストフに忠告した。少し自分の広告でもせよと勧めた。クリストフは憤慨して拒絶した。彼の私生活について面会を求めて来たある探訪記者に、彼は腹をたてて答えた。
「それは君の知ったことじゃない!」
また、ある雑誌に出すのだと言って写真を求められると、彼は怒《おこ》って飛び上がりながら、自分はありがたいことには通行人に顔をさらすような皇帝なんかではないと、怒鳴り返した。――また、彼を勢力ある社交界に結び
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