滅するがいい。真実、それが生命だ。死、それは虚偽だ。」
 年少気鋭で過激でかなり悪趣味なこの宣言は、もとより読者を絶叫せしめた。けれども、万人がその目標とされていながら、だれ一人として明らかに名ざされていはしなかったので、自分のことだと見なすものはなかった。各人が真実の最良の友であり、そう信じており、あるいはそう考えていた。それでこの論説の結論は、だれからも攻撃されるの恐れがなかった。人々はただ全体の調子を不快に思った。そしてそれがあまり妥当なものではなく、ことに半官的な芸術家の言としてはそうであるというのが、一般の意見であった。数人の音楽家らは活動しだして、鋭い反抗の態度を取った。彼らはクリストフがそのままでとどまりはすまいと予見していた。またある音楽家らは巧みな態度を取るつもりで、クリストフにその勇敢な行ないを称揚した。でも彼らはやはり、次回の論説には不安をいだいていた。
 そういう二様の策略は、共に同じ結果をしか得なかった。クリストフはもう飛び出していた。何物も彼を引止めることができなかった。そして彼があらかじめ言ったとおりに、作者も演奏者も皆引き出された。
 まっ先に血祭に上げられたのは音楽長らであった。管弦楽統率術にたいする一般の意見を、クリストフは少しも眼中におかなかった。彼はその町の同僚や近隣の町の同僚を、一々それと名ざした。名ざさない場合には、だれにも一見して明らかであるような諷刺《ふうし》を用いた。宮廷管絃楽長アロイス・フォン・ヴェルネルの無気力さが述べられていることは、だれにでもわかった。これは種々の名誉な肩書をになってる用心深い老人で、万事を気づかい、万事を慎み、部下の音楽家らに一言の注意を与えるのも恐れて、彼らのなすままを従順にながめ、また演奏の番組のうちには、幾年もの引きつづいた成功によって箔《はく》をつけられたものか、あるいは少なくとも、何か官僚的権威の公然の印をおされたものかでなければ、何一つ思い切って加えることもできなかった。クリストフは反語的に、彼の大胆なやり方を称賛した。ガーデやドヴォルザークやチャイコフスキーを見出したのを祝した。彼の指揮する管絃楽の、確固たる正確さ、メトロノーム的な均斉《きんせい》さ、常に美妙な色合いを失わない演奏法を、激称した。次の音楽会には、チェルニーの急速なる練習曲[#「急速なる練習曲」に傍点]を演奏するがいいと提議した。そして、あまり身体を疲らせないように、あまり憤激しないように、貴重な健康をいたわるようにと頼んだ。――あるいはまた、彼がベートーヴェンのエロイカ[#「エロイカ」に傍点]を指揮した方法にたいし、憤怒《ふんぬ》の叫びをあげた。「大砲だ、大砲だ! こういう奴らを掃蕩《そうとう》してくれ!……君らはいったい、戦いとはいかなるものであるか、人間の愚昧《ぐまい》と獰猛《どうもう》とにたいする争闘とはいかなるものであるか――歓喜の笑いを浮かべてそれらを蹂躙《じゅうりん》する力とはいかなるものであるか、それを少しも知らないのだ……。それがどうして諸君にわかろう? 力が戦うのは諸君にたいしてである! ベートーヴェンのエロイカ[#「エロイカ」に傍点]を聞いたり演奏したりしながら、欠伸《あくび》を我慢することに――(なぜならこの曲は諸君を退屈がらせるからだ。……退屈だと、退屈でたまらないと、告白したまえ!)――あるいは、貴顕な人々の通過のさいに、帽をぬぎ背をかがめて風を物ともしないことに、諸君はおのれのうちの勇壮をことごとく浪費してるのだ。」
 過去の偉人らの作を「古典《クラシック》」として演奏してる音楽学校の重鎮らにたいしては、彼はいかに譏刺《きし》を事としてもまだ足りなかった。
「古典《クラシック》! この言葉にはあらゆるものが含まっている。自由な情熱が、学校で使えるように整理し加減されてるのだ! 風に吹かれてる広野たる人生が、運動場の四壁のうちに閉じこめられてるのだ! 戦《おのの》く心の粗野な誇らかな律動《リズム》も、高拍子の撞木杖《しゅもくづえ》によりかかり跛を引きながら、お人よしのくだらぬ道を安心して進んでゆく、四拍子一節の時計の音になされてるのだ!……大洋を享楽せんがためには、諸君はそれを金魚といっしょにガラス瓶《びん》の中に入れたがるに違いない。諸君は人生を殺してしまった時に、初めて人生を解するのだ。」
 クリストフは、彼が「剥製《はくせい》者」と名づけた人々にたいして温和ではなかったが、「曲馬師」ら、腕の丸みと粉飾した手とを称賛さしに押し出してくる名高い音楽長らにたいしても、やはり温和ではなかった。彼らは、大楽匠を踏み台にしておのれの腕前を揮《ふる》い、広く世に知られてる作品を形《かた》なしにしようとつとめ、ハ短調交響曲[#「ハ短調交響曲」に傍点]の箍《
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