着して、それを捨て去ることのできない血統だった。
こんどはクリストフの番となって、その同じ道程をまたたどってるのであった。そして彼は途上に、先だった人々の足跡を見出していた。彼は眼に涙をいっぱい浮かべて、祖国の土地が靄《もや》の中に消えゆくのをながめた。それに別れを告げなければならなかった。……彼は祖国を離れたいと熱望していたではないか?――そうだ。しかしほんとうに祖国を去る今となっては、苦悶《くもん》に身をしぼらるる心地がした。生まれた土地からなんらの感情もなく別れ得るものは、動物の心よりほかにない。幸福にせよ不幸にせよ、生まれた土地とともに暮らしたのだ。それは母であり伴侶《はんりょ》であった。その中に眠り、その上に眠り、それに浸されていた。その胸の中には、吾人の貴い夢が、吾人の過去の全生涯が、吾人の愛した人々の聖《きよ》い塵《ちり》が、蓄《たくわ》えられているのだ。クリストフは、自分の日々の生活と、その土地の上にまた下に残してる親愛な面影とを、眼前に思い浮かべた。彼にとっては、苦しみは喜びに劣らず貴いものだった。ミンナ、ザビーネ、アーダ、祖父、ゴットフリート叔父、シュルツ老人――すべてが数分間のうちに彼の眼に浮かんだ。彼はそれらの故人(アーダをも彼は故人のうちに数えていた)から身をもぎ離すことができなかった。愛する人々のうちでただ一人生き残ってる母を、それらの幽鬼中に残してゆくことを考えると、さらに堪えがたかった。彼はまた国境を越えてもどろうとした。それほど、逃亡を求めたことが卑怯《ひきょう》に思われた。ロールヘンがもたらすはずの母の返事に、もしもあまり大きな悲しみが現われていたら、どんなことがあっても帰ろうと決心した。しかし、もし何にも受け取らなかったら? もしロールヘンがルイザのもとまで行くことができないか、あるいは返事をもって来ることができないかしたら? やはり帰るとしよう。
彼は停車場へもどった。侘《わ》びしく待ちあぐんだ後、ついに汽車が現われた。クリストフは車室のどの扉口《とぐち》かに、ロールヘンの精悍《せいかん》な顔つきを待ち受けた。彼女が約束を守ることを確信していたのである。しかし彼女は姿を見せなかった。彼は不安になって、車室から車室へと駆け回った。そして乗客の人波に駆けながらぶっつかってると、見覚えがあるように思われる一つの顔を認めた。十三、
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