、もし彼女が彼から愛されまいと用心するならば、それは彼女がひそかに彼を愛し始めたからであることを、彼は考え及んだ。無名の手紙はそういう愚かな空想的な考えを彼女に吹き込むほど、好結果をもたらしたのであった。
 状況はきわめて困難になるとともに馬鹿げてきて、もうそのままつづくことができなくなった。そのうえまた、リーリ・ラインハルトは口先の大言にもかかわらず、なんら性格の強みをもっていなくて、小都市の暗黙な敵意の前に惑乱してしまった。彼ら夫妻は恥ずかしい口実を設けてもう会うまいとした。
 ――ラインハルト夫人は加減が悪かった……。ラインハルトは忙しかった……。二人は数日間不在だった……。
 下手《へた》な嘘《うそ》ばかりだった。偶然が意地悪くも面白がって面皮をはいでくれるような嘘だった。
 クリストフはもっと率直に言った。
「憐《あわ》れな友だちよ、私たちは別れましょう。私たちには力がないのです。」
 ラインハルト夫妻は泣いた。――しかし絶交してしまうと、彼らはほっと安堵《あんど》した。
 この小都市は勝利を得ることができた。こんどこそクリストフはただ一人となった。彼は最後の一息たる愛情までも奪われてしまった。――愛情、それがいかにちっぽけなものであろうとも、それなしにはだれの心も生きられるものではない。
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     三 解放


 彼にはもはや一人の味方もなかった。友は皆散り失《う》せてしまった。彼が困ってる時にはいつも助けに来てくれる、また彼が今や最も必要としている、あのなつかしいゴットフリートも、長い前にどこかへ行ってしまって、こんどはもう永久に帰って来なかった。この前の夏のある晩、遠い村の名がしるしてある太い字体の手紙が来て、ルイザに兄の死んだことを知らした。この小行商人は、健康が悪いにもかかわらず頑固《がんこ》に放浪の行商をつづけていて、旅先で死んだのである。彼は遠いその地の墓地に葬られた。かくて、クリストフを支持してやり得たかもしれない男らしい朗らかな最後の友情は、深淵《しんえん》の中に没してしまったのだった。彼は今や、年老いて彼の思想には無関心な母親――彼を愛してばかりいて理解してはいない母親と、ただ二人きりであった。彼の周囲は、広漠《こうばく》たるドイツの平野、陰鬱《いんうつ》なる大洋であった。それから出ようと努力することに、ますます深く沈
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