満足していた。そして彼らが人生に求むるところのものはただ、生きること、ただパンだけを得ること、自分の思想を芸術の中に吐露すること、芸術家ならぬ単純真実なる二、三の善良な人々、もちろん彼らを理解はしないがしかし彼らを率直に愛する人々、それを見出すことばかりであった。――どうして彼ら以上に要求深くあり得られようか。人の求め得る幸福には限度がある。それ以上にたいしてはだれも要求の権利を有しない。過大の要求をなすことが許されるのは、自分自身にたいしてであって、他人にたいしてではない。」
そういう考えが彼の心を朗らかにしていた。そして彼は善良なる友ラインハルト夫妻をますます愛していた。この最後の情愛をも人々が争いに来ようとは、彼は思ってもいなかった。
彼は小都市の邪悪さを勘定に入れていなかった。しかし小都市の怨恨《えんこん》は執拗《しつよう》なものである――なんらの目的もないだけになおさら執拗である。おのれの欲するところを知ってる正しい恨みは、目的を達すれば鎮《しず》まってしまう。しかし倦怠《けんたい》のために悪を行なう者らは、決して武器を放さない。常に退屈しているからである。クリストフは彼らの無為閑散なところへ差し出された一つの餌食《えじき》であった。もちろん彼はもう打ち負かされていた。しかし彼はまいった様子を見せないだけの大胆さをそなえていた。彼はもはや何人《なんぴと》をも気にかけなかった。何物をも要求しなかった。人々は彼にたいしていかんともなし得なかった。彼は新しい友人らといっしょになって幸福だった。人々の噂《うわさ》や考えにはすべて無関心だった。それを彼らは許せなかった。――ラインハルト夫人はなおいっそう彼らをいらだたせた。彼女が全市に対抗してクリストフに公然と示してる友情は、彼の態度と同様に、世論にたいする挑戦の観があった。しかし善良なリーリ・ラインハルトは、何物にもまただれにも挑戦してはいなかった。他人に挑《いど》みかかろうとは思っていなかった。ただ他人の意見を求めないで、自分がよいと思ったことをなしてるのだった。ところが、それこそ最も悪い挑発であった。
人々は彼らの挙動をうかがっていた。彼らはうっかりしていた。一人は非常識であり、一人は迂濶《うかつ》だったので、いっしょに外出する時や、あるいは家で、夕方露台に肱《ひじ》をかけて談笑する時でさえ、慎重さを欠
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