いの。」
 彼女は彼の歌曲[#「歌曲」に傍点]の意味を説明さした。彼はドイツ語で話した。彼女は彼の口や眼の皺《しわ》までも真似《まね》て発音しながら、猿《さる》のようにすばしこくその言葉をくり返した。それから暗誦して歌う時になると、おかしな間違いをした。わからなくなると、自分で言葉を作り出して、喉《のど》にかかった粗野な音を発するので、二人とも笑いだした。彼女は彼に演奏してもらうのに飽きなかったし、また彼は、彼女に演奏してやり彼女の美しい声を聞くのに飽きなかった。その声には少しも職業的な技巧がなかったし、また小娘のように多少喉にかかる歌い方をしてはいたが、なんとも言えぬはかない感傷的な調子がこもっていた。彼女は思うとおりを腹蔵なく言ってのけた。ある物をなぜ好むかあるいは好まないかを、はっきり説明することはできなかったけれど、その批判のうちにはいつも理由が潜んでいた。不思議なことには、最も古典的でドイツで最も賞美さるる楽節において、彼女は最も退屈がった。彼女は礼儀上多少の世辞は言ったが、しかし明らかに、そういう曲からはなんの意味をも感じていなかった。音楽愛好家やまたは音楽家でさえも、かつて聞いたもの[#「かつて聞いたもの」に傍点]からは一種の喜びを感ずるものであって、またその喜びのために彼らは、古い作品の中にかつて愛したことのある形式や様式を、知らず知らずのうちにしばしば再現し、もしくは新しい作品中にもそれを愛するものであるが、しかし彼女は音楽的教養がなかったので、そういう喜びを知らなかった。また彼女は、感傷的な旋律《メロディー》にたいするドイツ人の嗜好《しこう》をも、もってはいなかった。(もしくは少なくとも、彼女の感傷性は別種なものであった。そしてクリストフはその欠点をまだ知らなかった。)ドイツで好まれる多少柔弱な平淡さをもってる楽節にたいして、彼女は少しも歓《よろこ》びを示さなかった。彼の歌曲《リード》のうちの最も凡庸《ぼんよう》なもの――友人らが少しでも彼に祝し得るのを喜んで、彼にそのことばかりを言うので、彼が破棄してしまいたいと思ったある旋律《メロディー》、そういうものに彼女は少しも気をひかれなかった。彼女は劇的な本能から、一定の熱情を忌憚《きたん》なく描いた旋律を好んだ。彼が最も重んじていたのも、やはりそういう旋律だった。けれども彼女は、クリストフが自然だと
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