その貞節な惑乱せる処女の心の底に燃えてる若々しい熱気に、一つの深い真実さまでも見出した。そしてその魅力をさらに大ならしむるものは、浄《きよ》い温《あたた》かい滑《なめ》らかな声の惑わしだった。一語一語が美しい和音のように響いていた。各|綴《つづ》り音のまわりには、百里香かあるいは野生|薄荷《はっか》の香《かお》りのように、弾力性の律動《リズム》を有する南欧のあでやかな抑揚が踊っていた。アルル国のオフェリア姫ともいうべき不思議な幻影だった。金色の太陽と狂おしい南風との多少を、彼女は身にそなえていた。
 クリストフは隣席の女のことを忘れて、彼女のそばに桟敷の前方へすわった。そして名も知らないその美しい女優から眼を離さなかった。しかし一般の観客らは、無名の女優を見に来たのではなくて、彼女になんらの注意も払わなかった。そして女のハムレットが語る時にしか喝采《かっさい》しようとは思っていなかった。それを見て取ったクリストフは、彼らに「馬鹿者ども」と怒鳴りつけてやった――十歩先ばかりまで聞こえる低い声で。
 舞台に間幕《あいまく》が降りてから彼は初めて、桟敷を共にしてる連れの女の存在を思い出した。そしてやはりおずおずしてる彼女を見ながら、自分の粗暴な様子は彼女をどんなにか驚かしたに違いないと、微笑《ほほえ》みながら考えてみた。――まさしく彼の考えたとおりだった。偶然にも彼と数時間いっしょにいることとなったその若い女の魂は、ほとんど病的なほど慎み深かった。思い切ってクリストフの招待を承諾したのも、異常な興奮のうちにあったからだった。そして承諾するやすぐに、どうかして彼の手をのがれ、口実を見出し、逃げてしまいたかった。皆の者の好奇心の的となってることを気づいた時には、なおたまらなかった。自分の後ろに――(彼女は振り向き得なかったのである)――連れの男の低いののしり声や不平の声を聞くに従って、ますますいたたまらなくなるばかりだった。彼がどんなことをしでかすかわからないような気がした。そして彼が出て来て自分のそばにすわった時、彼女は恐ろしさにぞっとした。まだ彼はどんなとっぴなことをするかわからない。彼女は穴にでもはいりたかった。そして知らず知らず身を引いていた。彼にさわるのが恐ろしかった。
 しかし、幕間《まくあい》になって、おとなしく話しかける彼の声を聞いた時、彼女の恐れはすべて消え
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