かった。だから、芸術になんらの感興をも見出し得そうにない人々が、騒々しく場席係りへ行って急いで名前を記入するような、この小都市の流行好みの風潮を見ると、彼はその名高い旅役者にたいして、軽蔑《けいべつ》的な無関心さを装《よそお》わずにはいられなかった。それを聞くために一歩も踏み出すものかと言い張った。そして座席が非常に高価で、それだけの金を払う手段がなかっただけに、彼には自分の言葉を守《まも》るのがいっそうたやすかった。
 フランス俳優一団がドイツへもってきた番組のうちには、二、三の古典劇がはいっていた。しかしその大部分は、とくに輸出向きのパリー物たる馬鹿げた種類だった。なぜなら、凡庸《ぼんよう》くらい万国的なものはないから。クリストフは、その旅回りの女優の第一の出し物となってるトスカ[#「トスカ」に傍点]を知っていた。彼は前に翻訳のトスカ[#「トスカ」に傍点]を聞いたことがあった。その時には、ライン地方の小劇団がフランスの作品にたいしてなし得るかぎりの、軽快な優美さで飾ってあった。そして彼は今、友人らが劇場へ出かけてゆくのを見ながら、嘲《あざけ》り気味の笑いを浮かべて、それを二度聞きに行くには及ばないと気楽に考えていた。それでも翌日になると、友人らが昨晩のことを感激的に話すのに、注意深く耳傾けざるを得なかった。今皆が話してる劇の見物を拒みながら、皆の意見に抗弁する権利までも失ったことを、一人憤慨していた。
 予告の第二の出し物は、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]のフランス訳ということになっていた。クリストフはかつてシェイクスピヤの作を見る機会を逃がしたことがなかった。シェイクスピヤは彼にとってはベートーヴェンと同等で尽くることなき生命の泉であった、彼がちょうど通って来た雑然たる不安疑惑の時期においては、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]はことになつかしいものとなっていた。その魔法的な鏡の中に自分の姿をふたたび見出しはすまいかと気づかいながらも、それから魅せられていた。座席を取りに行きたくてたまらないことをみずから打ち消しながら、芝居の広告《びら》のまわりを歩き回った。しかし彼はきわめて強情だったので、いったん友人らに言明した以上は、それを取り消したくなかった。そしてその晩も前晩と同じく、自分の家に留まってるつもりで帰りかけたが、ちょうどその時偶然にも、マンハイ
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