。――クリストフは自分の感情を言明せずにはおられなかった。芸術上の拝物教を嘲笑《ちょうしょう》した。もはやいかなる種類の偶像も不用であり、いかなる種類の古典も不用であると公言した。ワグナーの精神の後継者だと自称し得る者はだれかと言えば、それはただ、常に前方をながめて決して後ろをふり返ることなく、ワグナーをも足下に踏みしいて直進し得る者――死ぬべきものを死なしめ、生命との熱烈な交渉を維持する、という勇気をもってる者、のみであると公言した。クリングの愚かさは彼を攻撃的ならしめていた。彼はワグナーのうちに見出されるあらゆる欠点や滑稽《こっけい》な点を取り上げた。ワグナー崇拝者の方では、自分らの神にたいして彼がおかしな嫉妬《しっと》を感じてるゆえだと、思わずにはいなかった。クリストフの方では、ワグナーの死後になってそれに熱中してる連中は、ワグナーの生前にはそれをまっ先に絞め殺そうとしたに違いないということを、少しも疑わなかった。――この点においては、彼は彼らにたいして不正だった。クリングやラウベルのごとき者にも、やはり光ってた時代があったのである。二十年ばかり前には、彼らも先頭に立っていた。それから、多くの者と同じように、彼らはそこに停滞したのである。人間の力はいかにも弱いもので、最初の坂を上るともう息を切らして立ち止まる。なおつづけて前進するだけの丈夫な気息をもってる者は、きわめて少ない。
 クリストフの態度は、新しい友人らをすぐに離反さしてしまった。彼らの同情は一の取り引きであった。彼らが彼の味方であるためには、彼の方で彼らの味方でなければならなかった。しかるに、クリストフの方で少しも譲歩しそうにないことは、あまりに明らかだった。彼は少しも巻き込まれなかった。人々は彼に冷淡な態度を示してきた。徒党が設定した神々や小さな神々にたいして、彼が与えるのを拒んだ賛辞は、彼にもまた拒まれた。人々は彼の作品を遇するに、以前ほどの熱心を示さなかった。そしてある者らは、彼の名前があまりしばしば番組に出るのを抗議し始めた。人々は彼を背後から嘲《あざけ》り、悪評が盛んになってきた。クリングとラウベルとは、それらの言を打ち捨てておいたが、それに同意してるらしかった。けれども人々は、クリストフと葛藤《かっとう》を結ぶまいと用心していた。第一には、ライン地方の人々の頭は、中間の解決を好み、決して
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