四|肢《し》は痲痺《まひ》している……。そして最後の音が響き終わらないうちに、諸君はすでに快活に愉快になり、叫び、笑い、批評し、喝采する。……実に諸君は、何も見ず、何も聞かず、何も感ぜず、何も理解しなかったのだ、絶対に何物も! 芸術家の苦悩も、諸君にとっては一場の見物となるのだ。一ベートーヴェンの苦悶《くもん》の涙を、諸君はみごとに描かれてると判断する。諸君は主の磔刑《はりつけけい》にたいして『も一度!』と叫ぶかもしれない。諸君の好奇心を一時間の間楽しませるためには、偉大なる魂が一生の間苦悶のうちにもがくのだ!……」
 かくてクリストフは、ゲーテの偉大な言葉を、まだその尊大なる清朗さには到達していなかったけれども、みずから知らずして注釈したのであった。

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民衆は崇高なるものをもてあそぶ。されどもしその真相を知らば、あえてながめ得るの力を有せざるべし。
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 クリストフはそこで止まればよかった。――しかし彼は勢いに駆られて、聴衆を通り越し、あたかも砲弾のように、聖堂の中に、神殿の中に、凡庸《ぼんよう》者の犯すべからざる避難所の中に――批評界に、落ち込んでいった。彼は同輩らを砲撃した。彼らのうちの一人は、現存の作曲家中最も天分に富んだ者、新進派の最も進んだ代表者、すなわち、実を言えばかなり奇怪ではあるがしかし天才の閃《ひらめ》きに満ちた標題|交響曲《シンフォニー》の作者ハスレルを、あえて攻撃していた。子供のおりハスレルに紹介されたことのあるクリストフは、その昔受けた感激の感謝として、いつも彼にひそかな愛情をいだいていた。ところが今、明らかに無知な馬鹿批評家が、かかる人にたいして訓言を与え、秩序と規範との警告をなすのを見ると、彼は我れを忘れて憤った。
「秩序だと! 秩序だと!」と彼は叫んだ、「君らは警察の秩序よりほかに秩序を知らないんだ。天才は踏み固められた道を進むものではない。天才は秩序を創《つく》り出し、おのれの意志を規範にまで高めるのだ。」
 こういう傲慢《ごうまん》な宣言の後に、クリストフはその不運な批評家をとらえて、彼が近ごろ書いた愚劣な事柄をことごとく取り上げ、厳格な是正を施してやった。
 批評界全部が侮辱を感じた。それまで批評界は戦いから遠ざかっていた。彼らは側杖《そばづえ》を食うようなことをしたくなかった。彼
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