ではなかったが――価値を発揮させることは、彼女には愉快なことだったに違いない。が彼女はただちに、それは争闘なしにはできないということを見て取った。彼女はクリストフの中にあるあらゆる種類の既成定見を不条理で幼稚だと思われるあらゆる観念を、一々調べ上げた。それらのものは雑草だった。彼女はそれらを引き抜こうと努めた。しかし一つも引き抜けなかった。彼女は自尊心の最も小さな満足をも得ることができなかった。クリストフには手のつけようがなかった。彼は彼女に心を奪われていなかったので、彼女のために自分の思想をまげる理由を少しももたなかった。
彼女は執拗《しつよう》になっていった。そしてしばらくの間、彼を征服しようと試みた。クリストフは当時、精神の明晰《めいせき》さをもってはいたけれど、も少しでふたたび虜《とりこ》になるところだった。人はおのれの高慢心と欲望とに媚《こ》びるものから欺かれやすい。そして芸術家は他の人よりもいっそう多くの想像力をもっているから、さらに二倍も欺かれやすい。クリストフを危険な親昵《しんじつ》に引き込むのは、ユーディットのやり方一つだった。その親昵は彼の精神をも一度うちくじき、おそらくは前回よりもさらに完全にうちくじいたかもしれなかった。しかし例によって彼女はすぐに飽いてきた。彼女はその征服を労に価しないものだと思った。クリストフはすでに彼女を退屈がらせていた。彼女はもはや彼を理解していなかった。
彼女はもはや、ある限界を越えると彼を理解していなかった。その限界以内では、すべてを理解していた。それ以上を理解するには、彼女のりっぱな理知だけではもう足りなかった。心が必要であったろう。もしくは、心がないならば、一時その幻影を与えるところのものが、愛が、必要であったろう。彼女はよく、人物や事物にたいするクリストフの批評を理解した。彼女はそれを面白く思い、かなりほんとうだと思った。自分でもそういう意見をいだかないでもなかった。しかし彼女の理解しなかったことは、それらの思想が彼の実生活上にある影響を有し得る、しかもその適用が危険で邪魔である時にもそうである、ということだった。クリストフが万人にたいしまた万物にたいして取っていた反抗的な態度は、なんらの効果にも達しないものであった。世界を改造するつもりだとは、いかに彼でも想像してはいなかったろう。……では?……いたずら
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