さしい音楽……ああなんと快いことか……これだ、これだ……。他は皆真実のものではなかった……。
 彼は腕を揺すられた。一つの声が叫んでいた。
「まあどうしたの? まったく狂人だわ。どうして私をそんなに見てるの? なぜ返辞をしないのよ?」
 彼は自分をながめてる眼をまた見出した。だれなのか!……ああそうだ……。――彼はほっと息をした。
 彼女は彼を観察していた。彼が何を考えてるか知ろうとつとめていた。彼女には理解ができなかった。しかしいくらどんなことをしても駄目《だめ》だと感じた。彼をすっかり手にとらえることができなかった。いつでも彼が逃げ出せる門があった。彼女はひそかに苛立《いらだ》っていた。
「なぜ泣くの?」と彼女は一度、彼が他の世界へのそういう旅からもどってくる時に尋ねた。
 彼は眼に手をやった。眼がぬれてることを知った。
「僕にはわからない。」と彼は言った。
「なぜ返辞をしないの? もう三度も同じことを言ったのよ。」
「いったいどういうんだい?」と彼はやさしく尋ねた。
 彼女はまた愚にもつかない議論をもち出した。
 彼は飽《あ》き飽きしてる身振りをした。
「ええ、よすわ。」と彼女は
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