。彼女は扉のそばに釘《くぎ》付けになって、身動きもせず、凍えきり、歯をうち合して震え、扉を開く力もなく、床につく力もなかった……。
 暴風雨はなおつづいて、樹木を鳴らし、家の戸をきしらしていた……。二人はおのおの、身体は疲れ果て、心は悲しみに満ちて、自分の寝床へもどった。鶏が嗄《しわが》れた声で鳴いた。曙《あけぼの》の最初の光が、一面に濛《もう》と曇った窓ガラスを通して現われた。降りしきる雨におぼれた、悲しい蒼白《あおじろ》い曙であった。
 クリストフはできるだけ早く起き上った。彼は台所へ降りてゆき、人々と話をした。彼は出発を急ぎ、ザビーネと二人きりになるのを恐れた。お上さんが出て来て、ザビーネの気分の悪いことを告げ、昨日の散歩に風邪《かぜ》をひいて、その朝出発しがたいことを言った時、彼はほとんど安堵《あんど》の思いをした。
 帰りの道中は痛ましかった。彼は馬車を断った。そして、地面や樹木や人家を喪布《もぬの》のように包んでる黄色い霧の中を、ぬれた野を通って、徒歩で帰っていった。光と同じく、生命も消え失《う》せてるかと思われた。すべてが幽鬼のようなありさまをしていた。彼自身も幽鬼のよう
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