か、彼にはわからなかった。少し高い呼び声をきくと、じっとしてることができなかった。彼は寝台から飛び出した。暗夜の中を手探りで、扉に近寄った。彼はそれを開きたくなかった。その扉がしまってるので安心を覚えていた。そしてふたたびそのハンドルに触れると、扉の開くのが眼についた……。
 彼ははっとした……。また静かに扉をしめ、また開き、も一度しめた。先刻扉は締まっていたではないか。そうだ、彼はそれを確かに知っていた。では誰が開いたのか。彼は胸がとどろいて息がつけなかった。寝台によりかかった。腰をおろして息をついた。彼は情熱に圧倒された。そして身動きができなくなった。身体じゅうが震えた。彼はその未知の歓喜を、数か月来呼び求めてはいたが、それが今自分のそばにそこにあって、もう何も間を隔てる物がない時になって、恐怖の念をいだいた。恋にとらわれてる激越なこの青年は、その欲求が実現されかかるとにわかに、恐怖と嫌悪《けんお》とを感ずるのみだった。彼はその欲望を恥じ、自分が将《まさ》にせんとしてることを恥じた。彼はあまりに愛していたので、愛するものをあえて享楽することができず、むしろそれを恐れた。悦《よろこ》
前へ 次へ
全295ページ中147ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング