たいして、クリストフは他人よりもいっそう敏感なるべきはずではなかったろうか?
しかしクリストフは彼女のことを想《おも》ってはいなかった。彼は彼女を尊重してはいたが、しかし彼女は彼の頭の中になんらの地位をも占めていなかった。彼はそのころ、他の多くのことで頭を満たしていた。クリストフはもはや単なるクリストフではなかった。彼はもはや自分自身がわからなかった。恐るべき働きが彼のうちになされつつあって、彼の存在の根柢までもくつがえしかけていた。
クリストフは極度の倦怠《けんたい》と不安とを感じていた。訳もないのに気がくじけ、頭が重く、耳や目やすべての感覚が、酔ったようになってがんがん響いた。何物にも精神を集注することができなかった。精神はそれからそれへと飛び回って、疲憊《ひはい》しつくさんとする焦燥のうちに漂っていた。たえず形象が眼にちらついて、眩暈《めまい》がしていた。彼は初めそれを、過度の疲労と春の日の憔悴《しょうすい》とのせいにした。しかし春が過ぎても、不快は募るばかりだった。
それは、優雅な手でばかり事物に触れることをする詩人らが、青春期の不安、若い天使の悶《もだ》え、年少の肉と心との中における愛欲の眼覚《めざ》め、と名づける所のものであった。しかしそれはあたかも、各局部で亀裂《きれつ》し死滅しまた蘇《よみがえ》る全存在のこの恐るべき危機を、あたかも、信仰も思想も行為も全生命もすべてが、苦悶《くもん》と喜悦との痙攣《けいれん》の中で将《まさ》に絶滅せられ鍛え直されんとしてるかと思われるこの大革命を、児戯に等しいものだと見なし得るかのような名づけ方である。
彼の身体も魂も発酵しきっていた。彼は好奇心と嫌悪《けんお》の情との交り合った気持でそれをながめるだけで、それとたたかうだけの力はなかった。彼は自分のうちに何が起こってるか少しも了解しなかった。彼の全存在はばらばらになっていた。圧倒してくる懶《ものう》さのうちに日々を過した。働くことは一つの苦痛となった。夜は、重苦しい切れ切れの眠りをし、恐ろしい夢をみ、欲望に駆られた。獣的な魂が彼のうちにあばれていた。熱く燃えたち、汗に浸って、彼はおのれを嫌忌の情でながめた。狂気じみた淫《みだ》らな考えを振り落そうとつとめた。狂人になったのではないかしらとみずから尋ねてみた。
昼間もそういう獣的な考えからのがれることができ
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