て、飛び降りかかってるのを忘れ、足をくじいた。もしクリストフが、相変らずの無器用さを小声でののしりながらも、つかまえてやらなかったら、彼女はころんでたかも知れなかった。彼女はひどく足を痛めたが、少しもそんな様子は見せず、ほとんどそれを気にもせず、今聞いたことばかりを考えていた。彼女は自分の室へ逃げていった。一歩を運ぶのも苦しかったが、人に気づかれまいとして気を張りつめた。彼女はうれしい胸騒ぎに満たされていた。寝床のそばの椅子《いす》に身を落として、蒲団《ふとん》の中に顔を隠した。顔は燃えるようだった。眼には涙を浮かべながら笑っていた。恥ずかしかった。穴にでもはいりたかった。考えをまとめることができなかった。顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》がぴんぴんして、踝《くるぶし》が激しく痛み、失神し発熱してるような状態だった。ぼんやり外の物音を聞き、往来で遊んでる子供の叫び声を聞いていた。そして祖父の言葉がまだ耳に響いていた。彼女は低く笑い、真赤《まっか》になり、顔を羽蒲団に埋め、祈り、感謝し、欲求し、気づかい――恋していた。
彼女は母に呼ばれた。立上ろうとした。一歩踏み出すと、堪えがたい苦痛を感じて、卒倒しそうだった。眩暈《めまい》がしていた。死ぬのではないかと思った。死んでしまいたかった。と同時に、全身の力をあげて生きたく、前途に見えてる幸福のために生きたかった。ついに母がやって来た。やがて家じゅうの者が心痛しだした。彼女は例のとおりしかられ、包帯をされ、寝かされ、肉体の苦痛と内心の喜びとに浮かされて惘然《ぼうぜん》となった。楽しき夜……そのなつかしい一夜の些細《ささい》な思い出まで皆、彼女には聖《きよ》められたものとなった。彼女はクリストフのことを考えてはいなかった。何を考えてるかみずから知らなかった。幸福であった。
クリストフはその出来事に多少責任があると思ったので、翌日、容態を尋ねに来た。そして初めてやさしい様子を彼女に示した。彼女はしみじみとそれを感謝し、怪我《けが》をありがたがった。生涯そんな喜びが得らるるなら、生涯苦しんでもいいと希った。――彼女は身動きもしないで数日間寝ていなければならなかった。その間祖父の言葉をくり返し、それを考え回して過した。なぜなら疑問が出て来たから。
「……になるだろう、」と祖父は言ったのかしら?
「……になれ
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