まなかった。なぜなら、彼の怠惰な性質は、歩行や、会話や、すべて努力を要するようなことを、恐れていたからである。
 クリストフは話を始めるのに困った。なんでもない事柄についてへまな二、三句を発した後、彼は少し乱暴なほど突然に、心にかかっていた問題に飛込んでいった。ほんとうに牧師になる気か、牧師になるのはうれしいのか、とレオンハルトに尋ねた。レオンハルトはまごついて、彼に不安そうな眼つきを向けた。しかし彼になんらの敵意もないことを見てとると、安心した。
「そうです。」と彼は答えた。「そうでなくてどうしてなれましょう!」
「ああ、」とクリストフは言った、「君はほんとに幸福だね!」
 レオンハルトはクリストフの声のうちに、羨望《せんぼう》の気味がこもってるのを感じた。そして心地よくおだてられた。彼はすぐに態度を変え、胸衿《きょうきん》を開き、その顔は輝いた。
「そうです、」と彼は言った、「僕は幸福です。」
 彼は晴れやかになっていた。
「どうしてそんなふうになったんだい?」とクリストフは尋ねた。
 レオンハルトは答える前に、サン・マルタン修道院の歩廊の静かな腰掛に、腰をおろそうと言い出した。そこからは、アカシアの植わった小さな広場の一|隅《ぐう》が見え、なお向うには夕靄《ゆうもや》に浸った野が見えていた。ライン河は丘の麓《ふもと》を流れていた。荒れ果てた古い墓地が、墓石は皆雑草の波に覆《おお》われて、閉《し》め切った鉄門の後ろに彼らのそばに眠っていた。
 レオンハルトは語りだした。人生をのがれることは、永久の避難所たるべき隠れ家を見出すことは、いかに楽しいことであるかを、満足の色に眼を輝かしながら説いた。クリストフはまだ最近の心の傷が生々しくて、この休息と忘却との欲望を激しく感じていた。しかしそれには愛惜の念も交っていた。彼は溜息《ためいき》をついて尋ねた。
「それでも、まったく人生を見捨ててしまうことを、君はなんとも思わないのかい?」
「おう、何が惜しいことがあるもんですか。」と相手は静かに言った。「人生は悲しい醜いものではありませんか。」
「美しいものもまたあるよ。」とクリストフは麗わしい夕暮をながめながら言った。
「美しいものもいくらかありはしますが、それは非常に少ないんです。」
「非常に少ないったって、僕にはそれで沢山《たくさん》なんだが。」
「ああそれは分別くさい
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