れは、だれも神聖な書物とは言いそうもないような、本質的には他の書物と少しも異るところのないある面白い珍しい書物の中から、くみとって来るのに似ていた。ほんとうを言えば、彼はキリストにたいして同感をもっていたとするも、ベートーヴェンにたいしてはさらに多く同感をもっていた。サン・フロリアン会堂の大オルガンについて、日曜の祭式の伴奏をやっている時、彼はミサによりもむしろ大オルガンの方に多く気をとられていたし、聖歌隊がメンデルスゾーンを奏してる時よりもバッハを奏してる時の方が、はるかに宗教的気分になっていた。ある種の式典は彼に激しい信仰心を起こさした。しかしその時、彼が愛していたのは神であったろうか、あるいは、不注意な一牧師がある日彼に言ったように、ただ音楽ばかりであったろうか? この牧師の冗談は彼を困惑せしめたが、牧師自身はそれを夢にも知らなかったのである。他の者だったら、そんな冗談には気も止めず、そのために生活態度を変えようとはしなかったろう――(自分が何を考えてるか知らないで平然としてるような者が、世にはいかに多いことだろう!)――しかしクリストフは、厄介にも真摯《しんし》を欲していたく悩んでいた。そのため彼はあらゆることにたいして慎重になっていた。一度慎重になれば、常にそうならざるを得なかった。彼は苦しんだ。自分が二心をもって動いてるように思われた。いったい信じているのか、もしくは信じていないのか?……この問題を一人で解決するには、彼は実際的にもまた精神的にも――(知識と隙《ひま》とを要するので)――その方法をもたなかった。それでも問題は解決せなければならなかった。さもなくば彼は局外者となるかもしくは偽善者となるかの外はなかった。しかも彼は両者のいずれにもなることはできなかった。
 彼は周囲の人々をおずおず観察してみた。だれも皆各自に確信あるらしい様子をしていた。クリストフは彼らのその理由を知りたくてたまらなかった。しかし駄目《だめ》だった。だれも彼に明確な答えを与えてくれなかった。いつも顧みて他のことをばかり論じた。ある者は彼を傲慢《ごうまん》だとし、そういうことは論ずべきものではなく、彼よりも賢いすぐれた多くの人々が議論なしに信仰しているし、彼はただそういう人々と同じようにすればよいと言った。または、そういう問いをかけられることは、あたかも自分自身が侮辱されること
前へ 次へ
全148ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング