だいた。その善良な婦人は要するに、クリストフの理論を義務に適用してるばかりだった。彼女は何事についても義務という言葉を口にした。彼女は絶え間なく働いていて、他人にも同じように働いてもらいたがっていた。そういう勤勉の目的は、他人および彼女自身をいっそう幸福ならしむるということではなかった。否むしろ反対だった。その主要な目的は、皆の迷惑となることであり、生活を神聖化するために生活をできるだけ不愉快になすことである、とも言えるほどだった。多くの婦人にあっては他のあらゆる道徳的社会的義務ともなり得る、家庭的の聖《きよ》い務めを、その神聖なる掟《おきて》を、一瞬間たりとも彼女を止めさせ得るものは何もなかった。同じ日に、同じ時間に、床板をみがき、敷石を洗い、扉《とびら》のボタンを光らせ、力いっぱいに敷物をたたき、椅子《いす》やテーブルや戸棚《とだな》を動かすことを、もしなさなかったら、取り返しのつかないことになったと彼女は思うかもしれなかった。彼女はそういう働きを誇りとしていた。あたかもそれが名誉にでも関することのようだった。けれどもいったい、多くの婦人が自分の名誉ということを考えたり護《まも》ったりするのは、これと同じような形式でやってるのではあるまいか。彼女らの名誉というものは、いつも光らしておかなければならない家具みたいなもので、よくみがき込んだ冷たい堅い――そしてすべりやすい床板なのである。
 自分の職責を尽してしまっても、フォーゲル夫人はさらに愛想よくなりはしなかった。彼女は神から課せられた義務ででもあるように、家庭内のつまらない事柄に熱中していた。自分と同様に働かず、休息をして、仕事の間に生活を多少楽しむ婦人を、彼女は軽蔑《けいべつ》していた。そして、仕事をしながら時々腰をおろして夢想するルイザを、その室の中にまで追っかけてきた。ルイザは溜息《ためいき》をもらしたが、しかしきまり悪そうな笑顔をして服従した。幸いにもクリストフはそのことを少しも知らなかった。アマリアはクリストフが出かけるのを待って、彼らの部屋へ闖入《ちんにゅう》してくるのだった。今まで彼女は、直接に彼を攻撃しはしなかった。そうされたら彼は我慢できなかったろう。彼は彼女にたいして内に敵意を潜めてるような状態にある自分を感じた。彼が最も許しがたく思ったことは、彼女の騒々しいことだった。彼はそれに困りきった
前へ 次へ
全148ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング