かった。独力で弟を救わなければ名誉にかかわると考えていた。自分に救う責任があると思っていた、兄としての資格から言って――またクリストフたるべきゆえんから言っても。彼は恥ずかしさに顔を赤らめながら、二週間前には憤然として拒絶した仕事を――ある富裕《ふゆう》な匿名の好事家があって、楽曲を一つ買い取って自分の名前で発表したいというのを、その仲介者がクリストフのところに申込んできたのであったが、それを、こちらから引受けて頼みに行かなければならなかった。ルイザは日当で雇われていって、衣類を繕った。二人ともたがいに犠牲を隠し合っていた。家へもって帰る金については、嘘《うそ》を言い合っていた。
 エルンストは病後に、暖炉のすみにうずくまりながら、ある日、激しい咳の間々に、多少の借金があることをうち明けた。でそれも支払われた。だれも彼に小言一つ言わなかった。病人にたいして、悔悟してもどって来た放蕩息子《ほうとうむすこ》にたいして、小言をいうのは親切な処置とは言えないのだったから。そしてエルンストは、艱難《かんなん》のために人が変ったかと思われた。彼は涙声で過去の過《あやま》ちを述べた。ルイザは彼を抱擁しながら、もうそんなことを考えてくれるなと頼んだ。彼は元来甘えっ子だった。愛情をぶちまけてはいつも母に取り入っていた。昔クリストフはそれを多少ねたんだものだった。しかし今では、最も年下で最も弱い子がまた最も愛せられるのを、当然だと思っていた。彼自身も、たいして年齢が違わないにもかかわらず、エルンストを弟というよりもむしろ、ほとんど息子のように見なしていた。エルンストは彼に非常な尊敬の念を示していた。時には、クリストフが負担してる重荷のこと、金の不自由を忍んでること……などをそれとなく言い出すこともあった。しかしクリストフは言葉をつづけさせなかった。エルンストは卑下したやさしい眼つきで、ただそれを認定するだけにした。彼はクリストフが与える助言に賛成した。健康が回復したら、生活を一変して、真面目《まじめ》に働くつもりでいるらしかった。
 彼は回復しかけていた。しかし予後は長かった。その濫用された身体には養生が肝要だと、医者は明言した。それで彼は引きつづいて、母のもとにとどまり、クリストフと床を分ち、兄がかせぎ出してくれるパンや、ルイザが工夫してこしらえてくれるちょっとした御馳走《ごちそう》
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