い。」
彼女はちょっと考え、微笑み、そして言った。
「ねえ、クリストフ、あんたは嘘《うそ》はきらいだと言ったわね。」
「軽蔑《けいべつ》してるよ。」
「道理《もっとも》だわ、」と彼女は言った、「私も軽蔑しててよ。それに、私は安心だわ、決して嘘をつかないから。」
彼はその顔をながめた。彼女は本気で言ってるのだった。その無自覚さが彼の心をくつろがした。「ではね、」と彼女は彼の頸《くび》に両腕を巻きつけながらつづけて言った、「もし私が他の人を愛したら、そしてあんたにそう言ったら、なぜあんたは私を恨むの?」
「よしてくれよ、僕をいつも苦しめるのを。」
「あんたを苦しめるんじゃないわ。他の人を愛してると私は言ってるんじゃないのよ、愛してはいないとさえ言ってるわ。……でもこれから先、もし愛したら……?」
「まあ、そんなことは考えないとしようや。」
「私は考えたいのよ。……あんたは私を恨まないの? 私を恨むことができないの?」
「僕は恨まないだろう、お前と別れるだろう。それっきりだ。」
「別れる? どうしてなの? 私がまだあんたを愛していても……。」
「他の男を愛しながら?」
「むろんよ。そんなことはよくあるわ。」
「なに、僕たちにはそんなことが起こるものか。」
「なぜ?」
「なぜって、お前が他の男を愛する時には、もう僕はお前を、ちっとも、もうちっとも、愛さないだろうからさ。」
「先刻《さっき》はわからないと言ってたじゃないの。……それごらんなさい、あんたは私を愛さないんだわ!」
「そうかもしれない。その方がお前のためにはいいよ。」
「というのは?……」
「お前が他の男を愛する時に、もし僕がお前を愛していたら、お前にも、僕にも、またその男にも、始末が悪くなるだろうからさ。」
「そうら!……あんたはもう無茶苦茶よ。では私は、一|生涯《しょうがい》あんたといっしょになってなけりゃならないもんなの?」
「安心おし、お前は自由だよ。いつでも僕と別れたい時には別れるがいいさ。ただ、それは一時の別れじゃなくて、永久のおさらばだ。」
「でも、やはりあんたを愛してるとしたら、この私が。」
「愛し合ってる時には、たがいに一身をささげ合うものなんだ。」
「じゃあ、あんたからささげてちょうだい!」
彼はその利己主義には笑わずにおれなかった。彼女も笑った。
「片方だけの献身は、」と彼は言った、「片
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