てる女が一般に有する忘却の容易さを、彼女はもっていた。
そして、それにもかかわらず二人は愛し合っていた。たがいに心から愛し合っていた。アーダも愛にかけては、クリストフと同様に誠実だった。その愛は精神の同感の上に立ってはいなかったが、それでもやはり真実のものだった。下等な情熱とはなんらの共通点ももってはいなかった。青春の美しい愛であった。いかにも肉感的なものではあったが、卑俗なものではなかった。なぜならその中ではすべてが若々しかったから。率直でほとんど清廉で、快楽の燃えたつ清純さに洗われた愛だった。アーダはなかなかクリストフほど初心《うぶ》ではなかったとは言え、まだ青春の心と身体とのりっぱな特権をもっていた。その感覚の清新さは、小川のように清澄|溌溂《はつらつ》として、ほとんど純潔の感を与え、何物にも妨げられることがなかった。彼女は普通の生活においては利己的で平凡で不誠実であったが、愛のために、素朴《そぼく》に真実にほとんど善良にさえなっていた。他人のために自己を忘れることにおいて見出される喜びを、彼女は理解するほどになっていた。クリストフはその様子をうれしげにながめた。すると、彼女のために死んでも惜しくないような気がした。愛する魂はその愛のうちに、いかにおかしなしかも痛切な欺瞞《ぎまん》をもちきたすことであるか! 恋人にありがちな幻は、クリストフのうちにあっては、あらゆる芸術家に固有な幻想力によってさらに強調されていた。アーダの一つの微笑も、彼にとっては深い意義をもっていた。やさしい一言も、その心の善良さの証拠であった。彼は宇宙にあるあらゆるみごとなものを、彼女のうちにおいて愛していた。彼は彼女を、おのれの自我、おのれの魂、おのれの存在、と呼んでいた。二人はいっしょに愛情のあまり涙を流した。
二人を結びつけてるものは、ただ快楽ばかりではなかった。追想と夢想との得も言えぬ詩趣であった。がその追想と夢想とは、彼ら二人のものだったろうか、あるいはまた、彼ら以前に愛していた人々、彼ら以前に……彼らのうちに……存在していた人々、そういう人たちのものだったろうか?……二人はたがいにそれと言わずに、おそらくはそれと知らずに、心のうちにいだいていた、林の中で出会った最初の瞬間の幻影を、いっしょに過した最初の日々と夜々との幻影を、たがいに腕のなかにいだかれ合い、身動きせず、考えも
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