で中庭を通りすぎた。彼女をふいに驚かしてやろうと楽しんでいた。彼は自分の部屋へ上っていった。母は眠っていた。彼は音をたてずに服装《みなり》をととのえた。腹がすいていた。しかし戸棚《とだな》を捜したらルイザが眼覚めはすまいかと恐れた。中庭に足音が聞えた。そっと窓を開いて見ると、例のとおりローザがまっ先に起き上って、掃除を始めてるのであった。彼は小声で呼んだ。彼女は彼の姿を見て、うれしい驚きの身振りをした。それからいかめしい様子をした。彼はまだ彼女から恨まれてるなと考えた。しかし非常に気が晴々していた。彼女のそばへ降りて行った。
「ローザさん、ローザさん、」と彼は快活な声で言った、「何か食べる物をくださいよ。くれなけりゃあなたを食っちまう。腹がすいてたまらない!」
ローザは微笑《ほほえ》んだ。そして彼を一階の台所へ連れていった。彼に牛乳を一|碗《わん》ついでやりながら、旅や音楽会などのことをしきりに尋ねないではおかなかった。しかし彼が快くそれに答えているのに――(帰ってきた喜びのために彼は、ローザの饒舌《じょうぜつ》に出会ってもかえってうれしいくらいだった)――ローザはにわかに、問いの中途で口をつぐんだ。彼女は悲しげな顔をし、眼をそらし、何かが心にかかるらしかった。それからまたしゃべりだした。しかし彼女はそれをみずからとがめるらしく、またぴたりと言葉を途切らした。彼もついにそれに気がついて言った。
「いったいどうしたんです。僕に不平なんですか?」
彼女は否と言うために、強く頭を振った。そして例のとおりだしぬけに、彼の方を向きながら両手でその腕をとらえた。
「おう、クリストフさん!……」と彼女は言った。
彼ははっとした。手にもっていたパンを取り落とした。
「え、なんです?」と彼は言った。
彼女はくり返した。
「おう、クリストフさん!……たいへん悲しいことが起こったの……。」
彼はテーブルを押しやった。そして口ごもった。
「ここで!」
彼女は中庭の向う側の家をさし示した。
彼は叫んだ。
「ザビーネさんが!」
彼女は泣いた。
「死にました。」
クリストフはもう何にも眼にはいらなかった。彼は立上った。倒れるような気がした。テーブルにつかまった。上にのってた物を皆ひっくり返した。大声にわめきたかった。ひどい苦痛をなめた。※[#「口+区」、第4水準2−3−68]吐
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