許される。なるほど、決して何にも手をつけず、だれにも構わず、自分の義務を尽さないで、それで善良だとされるのだから、至って便利なものだ!
それにたいしてクリストフは答え返した。第一の義務は、他人にたいして生活を楽しくなしてやることだ。しかしながら、醜いこと、無愛想なこと、人をいやがらせること、他人の自由を妨げること、人を苦しめること、隣人や召使や家族や自分自身をそこなうこと、それを唯一の義務と心得てるような奴《やつ》が、世には沢山ある。そういう者どもやそういう義務は、疫病と共に、御免こうむりたいものだ!……
争論は激烈になっていった。アマリアはきわめて苛棘《かきょく》になった。クリストフは一歩も譲らなかった。――そして最も明らかな結果としては、その後クリストフが、たえずザビーネといっしょのところを見せつけようとすることだった。彼は彼女を訪れて戸をたたいた。彼女と快活に談笑した。そのためには、アマリアやローザに見られるような時を選んだ。アマリアは激烈な言葉でそれに報いた。しかし正直なローザは、そういう残忍な妙計に胸をしぼらるる思いがした。彼が自分たちをさげすんでることを、彼が復讐しようとしてることを、彼女は感じた。そして苦《にが》い涙を流した。
かくて、幾度となく不正の苦しみを受けたことのあるクリストフは、今や他人に不正の苦しみを与えることを覚えた。
それからしばらくたったころ、この町から数里隔たったランデックという小さな町で粉屋をやってるザビーネの兄が、息子の洗礼式を挙げた。ザビーネは教母だった。彼女はクリストフを招待した。彼はそういう祝いごとを好まなかったが、フォーゲル一家の者をいやがらせかつザビーネといっしょにいられるという満足のために、さっそく承知をした。
ザビーネは、断られることはわかっていながら、わざわざアマリアとローザとを招待して、意地悪な楽しみを味わった。はたして彼女らは断った。ローザは承諾したくてたまらなかった。彼女はザビーネをきらってはいなかった。クリストフが愛してるので、時には愛情でいっぱいになる気持がすることもあった。ザビーネにそのことを言って、頸《くび》に飛びつきたかった。しかし母が控えていたし、母の実例があった。彼女は傲然と心を引きしめて、招待を断った。それから、彼ら二人が出発してしまった時、二人がいっしょにいて、いっしょに楽しく
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