ていた。それから飽きてきて、その晩はもう駄目になったと感じながら、立上って家にはいった。クリストフは彼女がいなくなってからようやく、彼女の立去ったことに気づいた。そして自分もすぐ立上り、言い訳もしないで、冷やかな挨拶《あいさつ》を言い捨てて、ふいと行ってしまった。
 ローザは街路に一人残って、彼がはいって行った戸をがっかりしながらながめていた。涙が出て来た。彼女は急いで家にはいり、母と口をきかないで済むようにと、足音をたてないで自分の室に上ってゆき、大急ぎで着物をぬぎ、一度寝床にはいって蒲団《ふとん》をかぶると、そのまますすり泣き始めた。彼女は今起こったことを考えてみようとはしなかった。クリストフがザビーネを愛してるかどうか、クリストフとザビーネとが自分を辛抱することができないかどうか、それをみずから尋ねてみなかった。彼女は知っていた、万事終ったことを、もはや生活には意義がなくなったことを、ただ死ぬより外はないことを。
 翌朝になると、また考慮の力が永久のいたずらな希望を伴って彼女に帰ってきた。前夜の出来事を一々思い起しながら、それをあれほど重大に考えたのは間違いだったと思い込んだ。もちろんクリストフは彼女を愛していなかった。がそれは、こちらから愛してるのでついには向うからも愛されるだろうという、ひそかな考えを心の底に秘めて、あきらめていた。しかしザビーネと彼との間に何かあるということを、どの点で見て取られたのか。あんなに賢い人が、だれの目にも下らなく平凡に見える女などを、どうして愛することができようか。彼女は安心を覚えた。――がやはり、クリストフを監視し始めた。その日は何にも眼に止らなかった、なぜなら、眼に止るようなことが何にもなかったから。しかしクリストフの方では、彼女が終日自分のまわりをうろうろしてるのを見て、なぜとなく妙な苛立《いらだ》ちを覚えた。晩に彼女がまた往来へ出て来て、思い切って、二人の横に腰をおろすと、彼の苛立ちはさらに激しくなった。それは前夜の光景の反復であった。ローザが一人でしゃべった。しかしザビーネは前夜ほど長く待たないで、間もなく家へはいった。クリストフもそれに倣《なら》った。ローザはもはや、自分のいるのが邪魔になってることを、みずから隠すわけにゆかなかった。しかしこの不幸な娘は自分を欺こうとつとめた。自分の心をごまかそうとするのは、最もい
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