彼の音楽を聞きたいという仰《おお》せがあった。そこで彼は一、二時間演奏しなければならなかった。大公爵夫人は音楽通だと自称していた。彼女はいいのも悪いのもごっちゃにして、ただやたらに音楽が好きだった。即興的な愚作とりっぱな傑作とを並べ合したおかしな番組を、クリストフにひかせた。しかし彼女のいちばんの楽しみは、クリストフに即座に作曲させることだった。いつも厭味《いやみ》たらしい感傷的な主題《テーマ》を与えた。
 クリストフは十二時ごろ宮邸を出た。疲れ果て、手はほてり、頭はのぼせ、腹は空《す》いていた。汗まみれになっていた。外には雪が降っていたり、冷たい霧がかけていた。家へ着くまでには、町の半分以上も通らねばならなかった。歯をがたがた震わせながら、眠くてたまらなくなりながら、歩いて行った。それにまた、一着きりの夜会服を泥濘《ぬかるみ》でよごさないように注意しなければならなかった。
 彼は自分の寝室にもどっても、その室はいつも弟どもといっしょだった。そして、息づまるような匂いのするその屋根裏の室で、ようやく苦難の首枷《くびかせ》をはずすことが許される瞬間ほど、彼はおのれの生活の嫌悪《けんお》と
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