臙脂《えんじ》や、香りや、太い腕や、貪食《どんしょく》やで、厭《いや》になっている。今ではたいへん嫌いになっている。
 大公爵はその常任ピアニストを忘れてはいなかった。といって、この肩書にたいして与えられる僅少《きんしょう》な給料が、正確に支払われたというのではない――毎度それを請求しなければならなかった――しかし、時々、宮邸に著名な賓客がある時や、また単に、大公爵夫妻が演奏を聞きたいと思いつく時に、クリストフは宮邸に伺候《しこう》するようにとの命令を受けた。たいてい晩のことで、クリストフが一人きりでいたいと思う時刻だった。彼は万事を投げ出して大急ぎで行かなければならなかった。時とすると、晩餐がまだ済んでいないので、控室に待たされることもあった。従僕らは彼を見慣れていて、親しげに話しかけた。それから彼は、鏡と燈火がいっぱいの客間に案内された。そこで彼は、様子ぶった人々から、癪《しゃく》にさわるほどじろじろ眺められた。大公爵夫妻の手に接吻しに行くために、蝋《ろう》引きしすぎたその室を横ぎらなければならなかった。彼は大きくなればなるほどますます無作法になっていた。なぜなら、自分が滑稽《こっ
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