すかを決定し、なお一生をどういうふうに使うかを決定し、あたかも自分の未来にたいするがようにオットーの未来にたいして、議論を許さない断然たる計画をたてた。オットーはいつも賛成していた。時には、クリストフが彼の財産を勝手に処置して、自分の発明になる劇場をやがて建てるのだと言うのを聞くと、多少の反発心が起こることもあった。しかし抗弁しなかった。友の圧倒的な調子に気圧《けお》されていたし、また、商業評議員オスカル・ディーネル氏が蓄積した金は、それ以上に高尚な使い道を見出すことはできないという友の確信に、説き伏せられてしまっていた。クリストフにはオットーの意思を虐《しいた》げるつもりは少しもなかった。彼は本能的な専制者であって、友に自分と異なった考えがあろうとは想像だもしなかった。もしオットーが彼と違った志望を発表したら、彼は躊躇《ちゅうちょ》なく自分一己の嗜好《しこう》は犠牲にして顧みなかったろう。それ以上の犠牲をも辞さなかったろう。彼はオットーのために身を投げ出したくてたまらなかった。自分の友情が試練に会うべき機会を非常に待ち望んでいた。散歩中に何か危険に出会って、その前に突進してゆくことをねがっていた。オットーのためになら喜んで死にたかった。けれどもまずそれまでは、気がかりな注意でオットーを守ってやり、歩きにくいところでは娘の子にでもするように手を貸してやり、疲れやしないかと気遣い、暑がってやしないかと気遣い、寒がってやしないかと気遣った。木影にすわる時には、自分の上着をぬいでその肩に着せてやった。歩く時にはそのマントを持ってやった。オットー自身をも負ってやりたかった。恋人のように彼の身を見守っていた。そして実際をいえば、クリストフは彼に恋していた。
恋とはいかなるものであるか彼はまだ知らなかったので、オットーに恋してることをみずから気づかなかった。しかし彼らは時々、いっしょにいると妙な不安の情にとらえられた――樅《もみ》の林の中で初めて親しく交わったあの日、彼の胸をしめつけた感情と同じもの――激しい感動が顔に上ってきて、頬《ほお》が真赤になった。彼は恐れた。二人の少年は、本能的に同じ思いをして、おずおずとたがいに避け合い、たがいに逃げ合い、後になり先になりして途中でぐずぐずした。藪《やぶ》の中に桑の実を捜してるようなふりをした。そして彼らは何が不安なのか知らなかった。
とくに手紙の中で、二人のそういう感情は高まっていた。手紙の中では事実から裏切られる恐れがなかった。何物も彼らの幻影をそこなうものはなかったし、彼らを気後《きおく》れさせるものはなかった。今では一週に二、三度、熱烈な叙情味の文体で手紙を書き合っていた。現実の出来事を語ることはほとんどなかった。突然に感激と絶望との間を移り変わる黙示録的な調子で、重大な問題をこねまわしていた。彼らはたがいに、「わが幸福、わが希望、わが愛人、わが身自身、」などと呼んでいた。
「魂」という言葉を恐ろしく使いちらした。宿命の悲しさを悲壮な色でいろどっていた。友の生涯に運命の変転を投げ入れて心痛していた。
「わが愛よ、ぼくは君に心配をかけるのがつらい。」とクリストフは書き送った。「君が苦しむのはぼくにはたえられない。苦しんではいけない[#「苦しんではいけない」に傍点]、ぼくはそれを欲しない[#「ぼくはそれを欲しない」に傍点]。(彼は紙が破《やぶ》けるほどの太い傍線を右の言葉にほどこした。)君が苦しむなら、ぼくはどこに生きる力を見出せよう! ぼくの幸福は君のうちにしかない。どうか仕合せであってくれ! 苦しみは皆ぼくが喜んで荷《にな》ってやる。ぼくのことを考えてくれ。ぼくを愛してくれ。ぼくは愛してもらいたいんだ。ぼくを生かす熱は君の愛から来るんだ。ああ、ぼくがどんなに震えてるか君が知ってくれたら! ぼくの心の中は冬で、鋭い寒風が吹いている。ぼくは君の魂を抱きしめるのだ。」
「ぼくの考えは君の考えにくちづけしている。」とオットーは返事を書いた。
「ぼくは君の頭を両手に抱きしめている。」とクリストフは答えかえした。「ぼくが唇でしなかったことを、唇でしないだろうことを、ぼくは全身でする。かくも愛してると君を抱擁する。察してくれ。」
オットーは疑うようなふうを装った。
「ぼくが君を愛してるほど、君はぼくを深く愛してるかしら?」
「ああ!」とクリストフは叫んだ、「同じほどなもんか、十倍も、百倍も、千倍もだ! なに、君はそう感じないのか? ぼくはどんなことをしたら君の心を動かせるのか。」
「ぼくたちの友情はなんという美しいものだろう?」とオットーは感嘆した。「歴史のうちにもこれほどの友情があろうか? 夢のようにやさしく麗わしい。ただこれが過ぎ去ることのないように! もし君がぼくを愛しなくなるようなことが
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