を、どんなにぼくはありがたく思っているでしょう! ただ、あの食事に君がたいへん金を費やされたことを、気にしているだけです。なんという素敵な一日だったでしょう! あの奇遇には何か天意がこもってはいなかったでしょうか。僕たちをいっしょに結びつけようと望んだのは、運命自身であるような気がします。日曜にまたお会いするのが、どんなにぼくは嬉しいでしょう! 宮廷音楽長の午餐《ごさん》に欠けられたについて、君にあまり不愉快なことが起こらないようにと、僕は希望しています。僕のために困るようなことになられたら、僕はどんなにか心苦しいでしょう!
親愛なるクリストフ君、僕は永遠に君の忠実なる僕《しもべ》にして友であります。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]オットー・ディーネル
[#ここから3字下げ、折り返して5字下げ]
二伸――日曜には、どうぞ僕の家へ誘いには来ないでください。もしおさしつかえなかったら、|御殿の園《シュロスガルテン》でお会いできれば仕合せです。
[#ここで字下げ終わり]
クリストフは眼に涙を浮かべてその手紙を読んだ。彼は手紙に唇をあてた。大声に笑いだした。寝台の上に筋斗《とんぼがえり》をした。それからテーブルに駆けつけ、ペンを取って、すぐに返事を書こうとした。一分も待っておれなかった。しかし彼は書き慣れていなかった。心に満ちあふれてることをどう書き現わしていいかわからなかった。ペンで紙を裂き、インキで指を真黒にした。じれて足を踏みならした。ついには、言葉をむりにしぼり出し、五、六枚下書きした後に、四方八方に曲りくねった無格好な字で、ひどい綴《つづ》りの誤りをしながら、手紙を書くことができた。
[#ここから2字下げ]
わが魂よ! 僕が君を愛してるのに、どうして感謝などと言うのか? 君を知る前ぼくはどんなに悲しく一人ぽっちだったか、君に言ったじゃないか。君の友情はぼくの最大の幸福なんだ。昨日、ぼくは嬉《うれ》しかった、ほんとに嬉しかった! 生まれて初めてのことだ。ぼくは君の手紙を読みながら、嬉し泣きに泣いた。そうだ、疑っちゃいけない、ぼくたちを近づけたのは運命だ。運命は大事をなしとげるために、ぼくたちが友だちになることを望んだのだ。友だち! なんという愉快な言葉だろう! とうとうぼくも一人の友をもつこととなったのか。ああ、君はもうぼくを捨てやしないだろうね。誠実でいてくれるだろうね。いつまでも、いつまでもだ!……いっしょに生長し、いっしょに勉強し、ぼくはぼくの音楽上の感興を、頭に浮かぶ奇怪な事柄を、君は君の知力と驚くべき知識を、二人で共有のものにするのは、どんなに愉快なことだろう! 君は実に種々なことを知ってる。ぼくは君のように頭のいい者を見たことがない。ぼくは時々心配になる。ぼくは君の友情を受くるに足りない者のような気がする。君はいかにも高尚で、ちゃんとでき上がっている。ぼくのような粗雑な者を愛してくれることを、ぼくはどんなに君に感謝してるだろう!……いやちがった。今言ったばかりだった。感謝なんてことを決して言ってはいけないんだ。友誼《ゆうぎ》においては、恩を受くる者も施す者もないんだ。ぼくは恩なんか甘受しない! ぼくたちはたがいに愛してるから、同等の者なんだ。君に会うのが待ち遠しくてたまらない。ぼくは君の家に誘いには行くまい、君がそれを好まないから。――だが、ほんとうを言えば、そういう用心をするわけがぼくにはわからない。――しかし君はぼくより賢い。たしかに何か理由があるんだろう……。
ただ一言いっておくが、これからはもう金のことを言ってはいけない。ぼくは金が嫌いなんだ、言葉も実物も。ぼくは金持ちではないったって、友に御馳走《ごちそう》をするのに困るほどじゃない。そして、自分の持ってるものをすっかり友のためにささげるのが、ぼくの楽しみなんだ。君もそうするだろう。もしぼくに必要があったら、君は君の財産全部をぼくにくれてしまうだろうね。――しかしそんなことには決してなるまい。ぼくは丈夫な拳固《げんこ》と強い頭とをもってる。食べるだけのパンは常に得られるだろう。――日曜日にね!――ああ、一週間会えないのか! そして二日前にはぼくは君を少しも知らなかったんだね。どうしてぼくはこんなに長く君なしに生きていられたんだろう?
楽長の奴、ぼくに苦情を言おうとしたよ。だが、ぼくはもちろんだが、君もそれを気にかけちゃいけない。ぼくにとって他人がなんだ! 他人がぼくのことをどう考えようと、将来どう考えることがあろうと、それをぼくは軽蔑しきってる。ぼくにとって大事なのは君ばかりだ。ぼくをよく愛してくれ、ぼくが君を愛するように君もぼくを愛してくれ! ぼくがどんなに君を愛してるか、言うこともできない。ぼくは爪先《つまさき》から眼の
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