にたたなかった。クリストフはますます悪いことをしては威張ってた。
ある日クリストフは、オットーを後ろに従えて、ガラス瓶の破片を植えた壁をも乗り越して、あるいはそんな壁があるのでなおそうしたのかもしれないが、私有林の中にはいり込んだ。そしてわが家のように勝手に歩き回ってると、番人とばったり出会った。番人は二人をののしりちらし、訴えるぞと言ってしばらくおどかした後、最もひどい取扱いで外に追い出してしまった。オットーはその憂目に会ってる間しょげきっていた。すでに牢屋《ろうや》にはいってるような心地がし、涙ぐみながら、自分はただうっかりはいり込んだのであって、どこへ行くかも知らずにクリストフの後について来たばかりだと、愚痴っぽく言いたてていた。そしてついに助かったのを知ると、面白がるどころか、同伴者に向かって苦々《にがにが》しい非難を向けた。クリストフが自分を陥れたのだと不平を並べた。クリストフはそれをにらみつけて、「卑怯《ひきょう》者」と呼んだ。彼らは激しい言葉を言い合った。オットーはもし一人で帰れたらクリストフと別れてしまったかもしれない。しかしクリストフの後について行かなければならなかった。それでも二人とも、いっしょに連立ってることを知らないふりをしていた。
雷雨になりかけていた。彼らは怒っていたので、雷雨の来るのが眼にはいらなかった。焼けるような野原は蟲の声に騒々《そうぞう》しかった。と突然、すべてがひっそりとなった。彼らは数分たってからようやくその静寂に気づいた。鳴動が聞こえていた。彼らは見上げた。空はものすごかった。重々しい鉛色の大きな雲がいっぱいになっていた。雲は騎兵が駆けるようにして四方から集まっていた。ある深淵《しんえん》に吸い込まれるかのように、眼の見えない一点に向かって駆け寄ってるかと思われた。オットーは気をもんだが、あえてクリストフにその心配をうち明けなかった。クリストフは何にも気づかないふうをして、意地悪く面白がっていた。それでも二人は、無言のままたがいに近寄っていた。野の中には他にだれもいなかった。そよとの風もなかった。ただ熱っぽい戦《そよ》ぎが、樹々《きぎ》の小さな葉を時々震わすばかりだった。するとにわかに一陣の旋風が埃《ほこり》を巻き上げ、樹木を吹きまげ、恐ろしく二人に吹きつけた。そしてまた、前よりもいっそう凄《すご》い静寂が落ちて来た。オットーは思い切って、震え声で口を切った。
「夕立だ。帰らなきゃいけない。」
クリストフは言った。
「帰ろう。」
しかしもう遅かった。眼が眩《くら》むような猛烈な一条の光がほとばしり、空が唸《うな》り、雲の丸天井がとどろいた。たちまちのうちに二人は、暴風雨にとりまかれ、電光におびえ、雷鳴に耳を聾《ろう》し、全身ずぶ濡《ぬ》れになった。平坦《へいたん》な野のまんなかで、どちらの人家へも三十分以上の距離があった、水の渦巻きの中に、ほのかな明るみの中に、雷電の巨大な光が真赤にほとばしっていた。彼らは走りたかった。しかし雨のために服がこわばりついて、思うように歩くことさえできなかった。靴《くつ》はぶくぶくしていた。全身に水が流れていた。息もつけないほどだった。オットーは歯をうち震わし、狂気のように猛《たけ》りたっていた。彼はクリストフに気を悪くするようなことを言いたてた。立ち止まりたがった。歩くのは危険だと言い張った。道にすわってしまう、畑のまんなかに地面に寝転んでやる、などと言っておどかした。クリストフは返辞をしなかった。彼はなお歩きつづけながら、風と雨と電光とに眼も眩み、響きに驚き、やはり多少不安になっていたが、それをうち明けないで我慢していた。
そしてにわかにからりとなった。雷雨はやって来たのと同じようにふいに通り過ぎてしまった。しかし彼らは二人ともあわれな様子になっていた。実際をいえば、クリストフは平素からだらしなかったので、少し服装が乱れたとてほとんど様子が変わらなかった。しかしオットーは、いつも服装をきちんと整えていたしそれに気を配っていたので、ひどいありさまだった。着物のまま風呂《ふろ》から出て来たかのようだった。クリストフは彼の方をふり向いて、その様子を見ながら、笑いがこみ上げてくるのを押えることができなかった。オットーは腹をたてる力もないほどがっかりしていた。クリストフはそれがかわいそうになって、快活に話しかけた。オットーは恐ろしい一|瞥《べつ》でそれに答えた。クリストフは彼を一軒の百姓家に連れ込んだ。彼らは盛んな火の前で身を乾かし、熱い葡萄《ぶどう》酒を飲んだ。クリストフはその出来事を面白がっていた。しかしそれはオットーの趣味には合わなかった。彼はふたたび野を歩いてる間、陰鬱《いんうつ》に黙り込んでいた。二人は口をとがらしながら帰って行き、別れる時
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