「そんな奴がおれに何の関係があるんだ?」
 そしてオットーが気を悪くして、なお言いつづけようとした時、クリストフは荒々しくその言葉をさえぎって、向うのある地点まで駆けっこを強《し》いた。
 彼らはその午後じゅう、もはやこの問題に触れなかった。しかし、二人の間には珍しいことであるが、とくにクリストフにおいては珍しいことであるが、馬鹿丁寧さを装って、冷やかに争っていた。クリストフの喉《のど》には言葉がまだつまっていた。ついに彼は我慢ができなくなって、五歩ばかり後からついてくるオットーの方へ、途中でふり向いて、激しく彼の手を取り、一度に言ってのけた。
「オットー、いいかね、ぼくは君がフランツとそんなに仲よくするのを好まないんだ。なぜって……それは、君がぼくの友だからだ。君がだれかをぼくよりいっそう愛するのを、ぼくは好まないんだ。ぼくは厭《いや》なんだ。ねえ、君はぼくのすべてなんだ。そんな……できないはずだ、いけないはずだ。もし君がぼくのものでなくなったら、ぼくはもう死ぬよりほかないだろう。ぼくはどんなことをするかわからない。自殺するかもしれない。君を殺すかもしれない。いや、勘弁してくれ!……」
 彼の眼からは涙がほとばしっていた。
 オットーは、その脅《おびや》かすように唸《うな》ってる苦しみの真面目《まじめ》さに、感動しまた恐れて、急いで誓った、クリストフほど深くはだれも愛してはいないし、また将来決して愛しはしない、フランツは自分にとってなんでもない、もしクリストフがそう望むならもう決してフランツに会いもすまいと。クリストフはそれらの言葉を飲み込んで、心がまた生き返ってきた。笑みを浮べ、激しい息をついた。彼はオットーに真心から感謝した。自分の乱暴を恥じた。しかし非常に重苦しい胸は和《やわ》らいだ。二人は向き合って、手を取り合いながらじっとつっ立って、たがいに顔を見合った。たいへん嬉《うれ》しく、またたがいの身をはじらっていた。彼らは黙って帰りかけた。それからまた話しだして、ふたたび快活な気分になった。かつて知らなかったほどひしといっしょに結び合わされたのを感じていた。
 しかしこの種のことは、それが最後のものではなかった。今やオットーはクリストフにたいする自分の力を感じたので、それをみだりに使おうとした。彼は急所を心得ていて、そこを突つきたくてたまらなかった。しかしそれは、クリストフの忿怒《ふんぬ》を面白がってるからではなかった。否反対に、彼はその忿怒を恐れていた。それでも彼はクリストフを苦しめて、自分の力を確かめるのだった。彼は意地悪くはなかったが、女の子のような心をもっていた。
 で彼は約束にもかかわらず、フランツや他の友だちと腕を組合わしてるところを、なおつづいて見せつけた。彼らはいっしょに大騒ぎをし、彼はわざとらしく笑っていた。クリストフが苦情をもち出すと、彼はそれを嘲笑《あざわら》って、本気にとるような様子を見せなかった。そしてついに、クリストフが眼の色を変え、憤りに唇を震わすのを見ると、彼もまた調子を変え、心配そうな様子をし、もう二度としないと約束した。けれども翌日にはまたそれを始めた。クリストフは激しい手紙を書いて、彼にこう呼びかけた。
「下司《げす》野郎、もう貴様のことなんか聞くもんか。もう赤の他人だ。どっかへ行っちまえ、貴様のような犬どもは!」
 しかし、オットーが涙っぽい一言を書き送るか、あるいは一度実際やったように、永久に変わらない心を象徴する一輪の花を送るかすれば、それだけでクリストフの心は後悔の念に解け、次のような手紙を書くのだった。
「わが天使よ、ぼくは狂人だ。ぼくの愚蒙《ぐもう》を忘れてくれ。君は最もりっぱな人だ。君の小指一本だけでも、この馬鹿なクリストフ全体より優《まさ》っている。君は賢いやさしい愛情の宝をもっている。ぼくは涙を浮べて君の花にくちづけする。花はここに、ぼくの心臓の上にある。ぼくはそれを、拳《こぶし》を固めて肌《はだ》の中に押しこむのだ。それでぼくは自分の血を流したい、君の麗わしい温情とぼくの恥ずかしい愚かさとを、いっそう強く感ずるようにと!……」
 けれども彼らはたがいに倦《あ》き始めていた。小さな諍《いさか》いは友情を維持するものだというのは、誤りである。クリストフは非道な態度をとるようにオットーから仕向けられるのを恨んでいた。彼はよく反省しようとつとめ、自分の専横をみずからとがめた。彼の誠実な激越な性質は、初めて愛を味わうと、それに自分の全部を与えるとともに、また向うからも全部を与えてもらいたかった。彼は友情を分つことを許さなかった。友にすべてをささげるの覚悟でいた彼は、友の方でも自分にすべてをささげるのが、正当でまた必然のことでさえあると考えていた。しかし彼は、世の中は自分の
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