こで彼らはほっと安心して、また手を取り合った。朗らかな夕暮に眺め入って、切れ切れの言葉で話した。
船に乗ると、舳先《へさき》の方に、明るい影の中にすわって、なんでもない事柄を話そうとつとめた。しかし口にする言葉を耳には聞いていなかった。快い懶《ものう》さに浸されていた。話をする必要も、手を取り合う必要も、またたがいに見合わす必要さえも、感じなかった。たがいに接近していたのである。
船がつく間ぎわに、彼らは次の日曜にまた会おうと約束した。クリストフはオットーを門口まで送って行った。ガスの光で、たがいにおずおずと微笑《ほほえ》んで、心をこめたさよなら[#「さよなら」に傍点]をつぶやき合った。別れるとほっとした。それほど彼らは、数時間の緊張した感情に、気疲れがしていたし、沈黙を破ろうとしてちょっとした言葉を発する骨折りに、気疲れがしていた。
クリストフは夜の中を一人でもどって行った。「一人の友をもってる、一人の友をもってる!」と彼の心は歌っていた。何にも眼にはいらなかった。何にも耳に聞えなかった。他のことは何にも考えていなかった。
家に帰るや否や、すぐに眠気がさしてきて、寝入ってしまった。しかしある固定観念に呼びさまされるかのように、夜中に二、三度眼をさました。そして「一人の友をもってる」とくり返しては、またすぐに眠りに入った。
朝になると、すべてが夢のように彼には思われた。それが現実のことであるとみずから確かめるために、前日のことをごく些細《ささい》な点まで思い起こそうとした。音楽を教えてる間にも、なおその方にばかり気がひかれた。午後になってからも、管弦楽の試演の間非常にぼんやりしていたので、そこを出る時にはもう何をひいたのか覚えていなかった。
家に帰ってみると、手紙が待ちうけていた。どこから来た手紙なのか考える要はなかった。自分の室にかけ込み、そこにとじこもって手紙を読んだ。水色の紙に、見分けにくい長めの丹念な手跡で書かれて、ごく几帳面《きちょうめん》な署名がついていた。
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親愛なるクリストフ君――わが畏敬《いけい》せる友、と呼んでよろしいでしょうか。
ぼくは昨日の遊歩のことを非常に考えています。そしてぼくにたいする君の好意を、この上もなく感謝しています。君がされたすべてのことを、君の親切な言葉を、愉快な散歩を、りっぱな御馳走
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