は示さなかった。しかしディーネルは献立を注文しながらわざと主人公らしい調子を使って、自分の権利を肯定しようとつとめた。クリストフはその心持を覚《さと》って、他のこった料理を注文しながら、上手に出た。彼はだれにも劣らず懐《ふところ》ぐあいのよいことを示そうとした。ディーネルはまた新たに策をめぐらして、葡萄《ぶどう》酒を選む役目を受持とうとした。クリストフはそれをじろりとにらみつけて、その料理屋にある最も高価な地産葡萄酒を一|瓶《びん》、もって来さした。
りっぱな食事に臨むと、彼らは気がひけた。もう話すこともなかった。窮屈そうなぎごちない様子で、こそこそ食べていた。するとにわかに、たがいに他人同士の間であることに気づいて、警戒し合った。会話を活気だたせようとつとめても、なんの甲斐《かい》もなく、じきに言葉が途絶えてしまった。初めの三十分ばかりは退屈でたまらなかった。が幸いにも、やがて食事の効果が現われてきた。二人の客はいくらか親しげに顔を見合わすようになった。とくにクリストフは、そういう御馳走《ごちそう》に慣れていなかったので、妙に饒舌《じょうぜつ》になった。彼は生活の困難を語った。オットーも心を開いて、自分もまた幸福ではないとうち明けた。彼は弱くて臆病《おくびょう》で、友人らに乗ぜられがちだった。彼らは彼を嘲《あざけ》り、皆の共通な態度を難ずることを彼に許さず、意地悪く彼をからかってばかりいた。――クリストフは拳《こぶし》を握りしめて、自分の前で彼らがそんなことをしたら、思い知らしてやると言った。――オットーもまた家の者から理解されていなかった。クリストフもそういう不幸を知りつくしていた。そして二人はたがいの不運を憐れみ合った。ディーネルの両親は、彼を商人にして父の後を継がせるつもりだった。しかし彼は詩人になることを望んでいた。たといシルレルのように町から逃げ出して、困苦と戦わなければならないとしても、詩人になるつもりだった。(それにもとより、父の財産はすっかり彼のものとなるはずだったし、その財産も僅少《きんしょう》なものではなかった。)彼は顔を赤らめながら、生の悲しみを歌った詩を書いたことがあると告白した。しかしクリストフがいかに願っても、それを誦《しょう》する気にはなりかねた。けれどもついに、感動のあまりむちゃくちゃな口調でその二、三句を聞かした。クリストフはそ
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