うように、今ただちに大公爵へ手紙を書こうと言い出した。クリストフは父の屈辱が恥ずかしくてそれを拒《こば》んだ。しかしメルキオルは、犠牲になりたくてたまらないで、頑として手紙を書いてしまった。彼は自分の寛仁大度《かんじんたいど》な行ないにみずから感動していた。クリストフは手紙を手に取ることを拒んだ。ルイザもちょうどもどって来て、事の様子を知り、夫にそんな侮辱を与えなければならないなら、むしろ乞食《こじき》にでもなった方がいいと言い出した。彼に信頼してると言い添え、彼は皆を愛してるので、行ないを改めるに違いないと言い添えた。しまいには皆感動して抱き合った。そしてメルキオルの手紙は、テーブルの上に忘れられ、戸棚の下に落ち込んでいって、そのままだれの眼にもつかなかった。
しかし数日の後、ルイザは室を片づけながらその手紙を見つけた。ところがその時彼女は、メルキオルがまた不身持になってたので、非常に不仕合せだった。それで手紙を引裂かないで、取っておいた。それから数か月の間、苦しみを忍びながら、その手紙を使うという考えをいつも押えつけて、そのまま保存しておいた。けれどもある日、メルキオルがクリストフを殴ってその金を奪い取るところを、また見かけた時、もう我慢ができなかった。そして泣いてる子供といっしょに、手紙を取りに行き、それを子供に渡して言った。
「行っておいで!」
クリストフはまだ躊躇《ちゅうちょ》した。けれども、家に残ってるわずかなものまですっかり消費しつくされまいとすれば、もはや他に方法はないと覚《さと》った。彼は宮邸へ出かけた。二十分ほどの道を行くのに一時間近くかかった。自分のしてることが恥ずかしくてたまらなかった。この数年間の孤立のうちにつのっていた彼の高慢心は、父の不品行を公然と認定するという考えに、血をしぼるほど切なかった。妙なしかも自然な矛盾ではあったが、彼はその不品行がすべての人にわかってるということを知ってながら、しかも執拗《しつよう》にそうでないと信じたがり、何にも気づかないふうを装っていた。それを認めるよりもむしろ自分を粉微塵《こなみじん》にされたかった。そして今や、自分から進んで!……彼は幾度となく引返そうとした。宮邸に着こうとするとまた足を返しながら、二三度町を歩き回った。しかし自分一人の問題ではなかった。母にも弟どもにも関係のあることだった。父が
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