かと、ますます強く喚《わめ》きたてた。彼はひどい折檻を受けることと期待していた。しかしメルキオルは、厭な笑顔で彼を眺め、そして口をつぐんだ。
 翌日になると、クリストフはそのことを忘れていた。疲れてはいたがかなり上|機嫌《きげん》で家に帰って来た。ところが弟たちの狡猾《こうかつ》な眼付に気をひかれた。二人とも書物を読み耽《ふけ》ってるふうを装っていた。彼の様子を見守り彼の一挙一動を窺《うかが》いながらも、彼に見られるとまた書物に眼を伏せた。きっと何か悪戯《いたずら》をされたに違いないと彼は思った。しかしそんなことに慣れていた。悪戯を見つけたらいつものとおり殴りつけてやろうときめていたので、別に心を動かさなかった。それであえて穿鑿《せんさく》しようともしなかった。そして父と話しだした。父は暖炉の隅にすわっていて、柄にもなく興味あるふうを見せながら、その日のことを尋ねだした。彼は話してるうち、メルキオルが二人の子供とひそかに目配《めくば》せしてるのを認めた。彼は心にはっとした。自分の室に駆け込んだ。……ピアノの場所が空《から》になっていた。彼は悲しみの叫び声をあげた。向うの室に弟たちの忍び笑いが聞えた。顔にかっと血が上った。彼は彼らの方へ飛んでいった。そして叫んだ。
「僕のピアノを!」
 メルキオルはのんきなしかもまごついた様子で顔を上げた。それで子供たちはどっと笑った。メルキオル自身も、クリストフのあわれな顔付を見ると、我慢ができないで、横を向いてふきだした。クリストフは自分が何をしてるかみずから知らなかった。狂人のように父に飛びかかった。メルキオルは肱掛椅子《ひじかけいす》に反《そ》り返っていたので、身をかわす隙《すき》がなかった。子供はその喉元《のどもと》をつかんで叫んだ。
「泥坊《どろぼう》!」
 それはただ一瞬の間だった。メルキオルは身を揺って、猛然としがみついてたクリストフを、床《ゆか》の上に投げ飛ばした。子供の頭は暖炉の薪台《まきだい》にぶつかった。クリストフはまた膝頭《ひざがしら》で起き上がり、頭を振り立て、息づまった声でくり返し叫びつづけた。
「泥坊! お母さんやぼくのものを盗む泥坊め!……お祖父《じい》さんのものを売る泥坊め!」
 メルキオルはつっ立って、クリストフの頭の上に拳をふり上げた。クリストフは憎悪の眼でいどみかかり、忿怒《ふんぬ》のあまり身
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