それを止めさせるのに皆で大骨折をしたほどだった。また、開演中に、舞台の上や自分の頭の中に展開する面白い光景に魅せられて、突然大笑いをすることもあった。そして彼は一同の慰み物になっていた。そしてその滑稽のゆえに、多くのことを大目に見過ごしてもらっていた。しかしそう寛大に見られるのは、厳酷な取扱いを受けるのよりもなおいけないことだった。クリストフにはそれが恥しくてたまらなかった。
子供は今や管弦楽団の第一ヴァイオリニストとなっていた。メルキオルが浮々した気分でいる時には、それを監視したり、時によっては補助してやったり、あるいは無理に黙らしたりすることに、気を配っていた。それは楽なことではなかった。そしていちばんいいのは、まったく父に注意を向けないことだった。そうでないと、酔っ払いは自分が見られてるなと感ずるとすぐに、しかめ顔をしたり、あるいは話をやりだした。クリストフは、父が何かひどいことをやるのが見えやすまいかとびくびくしながら、眼をそらした。彼は自分の職務に我を忘れようとつとめた。しかしメルキオルの無駄口やその隣りの人々の笑い声やを、聞かないわけにはゆかなかった。眼には涙が出て来た。善良な楽手たちは、それに気づいて、彼を気の毒に思った。彼らは笑い声を押えた。クリストフに隠れて父親の噂《うわさ》をするようにした。しかしクリストフは彼らの憐れみを感知していた。自分が出て行くとすぐに嘲弄《ちょうろう》が始まるのを、メルキオルが町じゅうの笑草になってるのを、彼は知っていた。どうにもしようがなかった。それが苦しみの種であった。芝居がはねると、彼は父を家に連れて帰った。父に腕を貸し、その駄弁を聞いてやり、その危い足取りを人に知らせまいと努めた。しかし他人はだれが彼に欺《あざむ》かれる者があったろう? そしてまた、いかほど努力しても、首尾よくメルキオルを家まで連れてゆけることは滅多になかった。街路の曲り角まで来ると、メルキオルは友だちと急な面会の約束があると言いだした。なんと説いても、その約束をまげさせることはできなかった。それにまたクリストフは、ひどい親子争いをして、近所の人に窓から見られるようなことになりたくなかったので、用心してあまり言い張りもしなかった。
生活の金はすべてそちらに取られていた。メルキオルは自分で儲《もう》けただけを飲んでしまうのでは満足しなかった。妻や
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