トフの抜け出すことを言いつけてしまった。それ以来、抜け出すことを禁ぜられ、監視された。それでも彼はやはり抜け出していた。他のどんな連中よりも、小行商人とその友人らとの方が好きであった。家の者らは外聞にかかわると思った。メルキオルは彼に下賤《げせん》な趣味があるのだと言っていた。ジャン・ミシェル老人は彼がゴットフリートを慕ってるのを妬《ねた》んでいた。そして、優良な社会に接し高貴な方々に仕えるの名誉をもってるのに、そういう卑しい人々と交わって喜ぶほど身を落すのはよくないと、いろいろ説いてきかした。クリストフには気品がないのだと人々は思っていた。

 メルキオルの放縦と遊惰とにつれて家計の困難はつのってきたけれど、ジャン・ミシェルがいる間は、どうかこうか生活してゆけた。ただ彼一人が、メルキオルに多少の威力をもっていて、ある程度までその堕落を引止めていた。また彼が受けてる世間の尊敬は、酔漢《よいどれ》の不品行を他人に忘れさせるのに役だたないではなかった。また彼は一家の貧しい暮しを助けてくれた。彼は前音楽長として受けていたわずかな年金のほかに、なお音楽を教えたりピアノの調律をしたりして、いくらかの金額を手に入れていた。そしてその大部分を嫁のルイザに与えた。彼女は自分の困窮を、いくら彼の眼に入れまいとしても隠しきれなかった。老人が自分たちのために不自由をしてるかと思うと、彼女はやるせなかった。老人はいつも豊かな生活になれていて、欲望が強かっただけに、そう思われるのも無理はなかった。が時とすると、その犠牲の金でも十分でないことがあった。ジャン・ミシェルはさし迫った負債を払ってやるために、大事な道具や書物や記念品などを、秘密に売り払わなければならなかった。メルキオルは父がひそかにルイザへ補助を与えてるのに気づいていた。そしてしばしば、なんと拒《こば》まれてもそれに手をつけることが多かった。ところが老人はふとそれを知って――苦労をつつみ隠してるルイザの口からではなく、孫の一人の口から――聞き知って恐ろしく立腹した。そして二人の間には、ぞっとするような光景が演ぜられた。二人ともなみはずれて気荒かった。すぐにひどい言葉を言い合いおどし合った。今にも殴り合いが始まるかと思われた。しかし憤怒の最中にも、押うべからざる尊敬の念が常にメルキオルを制していた。そして酔っ払ってはいたが、父から浴せ
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